ツミアゲ方式とワリツケ方式 [2009年公文書管理法問題]
先日知り合った駿河台大学の廣田傳一郎さんから「話すから来てみないか」と言われて、「第8回 駿河台大学「行政文書管理セミナー」~公文書管理の法制化と自治体対応」に参加してきた。
色々と面白い話が聞けたのだが、その中でもやはり廣田さんの話は非常に面白かった。
というのは、これまで「各省庁の行政文書ファイル管理簿が使えないのはなぜ?」とずっと思ってきたことの理由がやっと氷解したからである。
詳しくは以前書いた記事を参照して欲しいが、簡単に述べておくと、情報公開法施行時に各省庁は「行政文書ファイル管理簿」に自分たちが持っている文書を登録して公開しなければならなくなったのだが、そのファイル名の付け方がずさんで、全く検索の役に立たないという話である。
廣田さんによれば、こういった問題が起きているのは「ワリツケ式」で文書管理をしているからだと言う。
「ワリツケ式」とは、文書主管課が分類表を先に作成して職員に配布し、それに基づいて文書を分類するやり方である。
しかし、これだと職員が「これにあてはまる」といって機械的にあてはめたり、自分のつくった文書を「あてはまらないしいいや」といって登記しなかったりして、結局分類表の意味をなさなくなっていくとのことだ。
特に、ある程度、幅のある分類にしなければ登録しにくいので、必然的に名称を「抽象的」な名前として付けがちである。
そのために、「資料関係録」みたいな、全く意味をなさないファイル名が登場したりするのだ。
そこで廣田さんが提唱しているのが、「ツミアゲ式」と言われるものである。
つまり、まず文書を作ったら必ず職員が「小分類」のタグをつけてファイルに入れる。そして、それが10冊ぐらいたまったところで、それをまとめて「中分類」のタグを付ける。さらにそれが5冊ぐらいたまったところで「大分類」を作るというのだ。
例として挙げられていたのは、逢坂誠二衆議院議員が町長をしていた北海道ニセコ町の事例である。
例えば、「北海道電子自治体推進会議」についての書類を作ったら、まずそれを「小分類」として打ちこみ、ファイルに入れる。
次に、他に電子自治体の関係のファイルが出てきたら、別の小分類の名称を付けて近くに入れておく。
増えてきたら、「電子自治体」と中分類を打って、その下にまとめる。
そしてこの中分類関係のファイルが多くなってきたときに、大分類として「行政事務情報化」という名前を付けるのである。
つまり、
大分類 行政事務情報化
中分類 電子自治体
小分類 北海道電子自治体推進会議
というデータができあがるのである。
そして、この小分類から大分類までは、すべて外部に公開する行政文書ファイル管理簿とリンクしていて、登録すると即一般公開されるのである。
こういう名称の付け方をすれば、小分類から具体的なキーワードを打ちこむことができ、業務をする上でも検索利便性が向上するとのことである。また、職員一人一人が文書名を付ける責任を負うので、分類する技術力が必然的に向上するようだ。
そして、最も重要なのは、この「ツミアゲ式」は、それを行って文書を整理することだけが最終目的ではないという点である。
それは、「文書の共有化」ということである。
つまり、自分の作った文書に自分で名前を付け、共有のキャビネットに保管する。そうすることで、文書の私物化を避ける。
そして、誰でも検索が可能なフォルダ名を付けておけば、担当が別の職員でも文書を探すことができる。また異動による文書の引継などもスムーズに行うことができるようにもなるのだ。
だが、この「共有化」とは、単に自分の部署の課員達で共有するというだけを意味しない。
作った書類の名称はすぐにオンラインで市民に公開される。
つまり、市民とも情報を共有して、よりよい行政を行うための知恵を出し合おうというのが、この「ツミアゲ式」の最終目的なのだ。
もちろん、機密情報などもあるから、簡単にファイル名登載=オンラインで公開とはいかないだろう。
だが、その場合は、「あいまいな名称を付けてごまかす」のではなく、「ファイル名をきちんと登載して、名称を不開示にする」ということにしなければならない。それはシステムレベルでどうにかなる話だと思う。
だが、この「ツミアゲ式」というやり方は、行政の効率化としても非常に有効なのではないかと思うし、国民との情報共有という、本来の情報公開のあるべき姿としても理想的なものだと思う。
さて、ここで終わりでもよかったのだが、実は廣田先生の話を聞いていて、現在公開されている各省庁の行政文書ファイル管理簿の大きな欠陥に気付くことができたのである。
その話をついでに書いておきたい。
現在の国の各省庁の行政文書ファイル管理簿は
大分類 部名
中分類 課名
小分類 係名
文書ファイル名 ファイル名
という分類方法になっている。
つまり、例えば、私がよく例に出す、宮内庁の「立太子の礼 皇太子成年式 諸参考 会議録」と言われる文書は、行政文書ファイル管理簿上では次のようになっている。
大分類 長官官房
中分類 秘書課
小分類 資料係
文書ファイル名 資料関係録 昭和27年
つまり、ニセコ町で言うところの「大分類」=「文書ファイル名」なのだ。
中分類と小分類にあたる部分が公開されていないのだ。
ニセコ町のものを見てもわかるように、大分類は「行政事務情報化」という非常に抽象的な名称になっている。
それだけが公開されていたら当然意味がわからない。あたりまえのことだったのだ。
もちろん、省庁によって文書管理の方法が異なっているので、文書ファイル名自体がニセコ町で言うところの「中分類」や「小分類」になっているデータもあるように思う。
だが、根本的には、「幹」の分類だけを外部に見せておいて、「枝」の部分の分類を外部に見せていないことが、このシステムの使いにくさにつながっているのではないのだろうか。つまり、二重帳簿のようになっていて、外部に見せているリストと内部で使っているリストが一致していないのではないか。
(実は以前公文書市民ネットのある方が、似たようなことを言っていたのを思いだした。あの時は頭がつながっていなかったが、やっと意味が理解できた。)
つまり、ワリツケ式を取っているからという以前の問題が、実はこの行政文書ファイル管理簿の仕組みに内包していたのである。
そして、こういったことが今まで平然と行われていたのは、廣田さんが主張しているような「情報の共有化」という概念が全くないということを意味している。
つまり、官僚一人一人が文書を「自分で作って自分で保管している」。だから、「公文書と私文書の分かれ目がわからない」とかいった議論が行われたりする。
課内ですら全く情報が共有化されていないという、それ自体が問題だということなのだ。
今回の公文書管理法の制定で、官僚の意識を変えるための「研修」が重要だということはすでによく指摘されていることである。
そのためには、やはり「システム」を変えるところから始めないとやはりダメなのだと痛感する。→以前書いたこの話とリンクする。
たとえば、行政文書ファイル管理簿を、今までのような「大分類」だけではなく、「中分類」や「小分類」まで公開するようなシステムにしなければ、結局行政の透明化にはつながっていかない。
これは、意識の問題もあるけど、大きくはシステムの問題である。
是非とも、このあたりも政令を作る際の検討課題として、考えてほしいと思う。
とにかく、やっと今まで謎だったことが一つ氷解した。
その意味でも、私にとっては非常にためになるセミナーであった。
色々と面白い話が聞けたのだが、その中でもやはり廣田さんの話は非常に面白かった。
というのは、これまで「各省庁の行政文書ファイル管理簿が使えないのはなぜ?」とずっと思ってきたことの理由がやっと氷解したからである。
詳しくは以前書いた記事を参照して欲しいが、簡単に述べておくと、情報公開法施行時に各省庁は「行政文書ファイル管理簿」に自分たちが持っている文書を登録して公開しなければならなくなったのだが、そのファイル名の付け方がずさんで、全く検索の役に立たないという話である。
廣田さんによれば、こういった問題が起きているのは「ワリツケ式」で文書管理をしているからだと言う。
「ワリツケ式」とは、文書主管課が分類表を先に作成して職員に配布し、それに基づいて文書を分類するやり方である。
しかし、これだと職員が「これにあてはまる」といって機械的にあてはめたり、自分のつくった文書を「あてはまらないしいいや」といって登記しなかったりして、結局分類表の意味をなさなくなっていくとのことだ。
特に、ある程度、幅のある分類にしなければ登録しにくいので、必然的に名称を「抽象的」な名前として付けがちである。
そのために、「資料関係録」みたいな、全く意味をなさないファイル名が登場したりするのだ。
そこで廣田さんが提唱しているのが、「ツミアゲ式」と言われるものである。
つまり、まず文書を作ったら必ず職員が「小分類」のタグをつけてファイルに入れる。そして、それが10冊ぐらいたまったところで、それをまとめて「中分類」のタグを付ける。さらにそれが5冊ぐらいたまったところで「大分類」を作るというのだ。
例として挙げられていたのは、逢坂誠二衆議院議員が町長をしていた北海道ニセコ町の事例である。
例えば、「北海道電子自治体推進会議」についての書類を作ったら、まずそれを「小分類」として打ちこみ、ファイルに入れる。
次に、他に電子自治体の関係のファイルが出てきたら、別の小分類の名称を付けて近くに入れておく。
増えてきたら、「電子自治体」と中分類を打って、その下にまとめる。
そしてこの中分類関係のファイルが多くなってきたときに、大分類として「行政事務情報化」という名前を付けるのである。
つまり、
大分類 行政事務情報化
中分類 電子自治体
小分類 北海道電子自治体推進会議
というデータができあがるのである。
そして、この小分類から大分類までは、すべて外部に公開する行政文書ファイル管理簿とリンクしていて、登録すると即一般公開されるのである。
こういう名称の付け方をすれば、小分類から具体的なキーワードを打ちこむことができ、業務をする上でも検索利便性が向上するとのことである。また、職員一人一人が文書名を付ける責任を負うので、分類する技術力が必然的に向上するようだ。
そして、最も重要なのは、この「ツミアゲ式」は、それを行って文書を整理することだけが最終目的ではないという点である。
それは、「文書の共有化」ということである。
つまり、自分の作った文書に自分で名前を付け、共有のキャビネットに保管する。そうすることで、文書の私物化を避ける。
そして、誰でも検索が可能なフォルダ名を付けておけば、担当が別の職員でも文書を探すことができる。また異動による文書の引継などもスムーズに行うことができるようにもなるのだ。
だが、この「共有化」とは、単に自分の部署の課員達で共有するというだけを意味しない。
作った書類の名称はすぐにオンラインで市民に公開される。
つまり、市民とも情報を共有して、よりよい行政を行うための知恵を出し合おうというのが、この「ツミアゲ式」の最終目的なのだ。
もちろん、機密情報などもあるから、簡単にファイル名登載=オンラインで公開とはいかないだろう。
だが、その場合は、「あいまいな名称を付けてごまかす」のではなく、「ファイル名をきちんと登載して、名称を不開示にする」ということにしなければならない。それはシステムレベルでどうにかなる話だと思う。
だが、この「ツミアゲ式」というやり方は、行政の効率化としても非常に有効なのではないかと思うし、国民との情報共有という、本来の情報公開のあるべき姿としても理想的なものだと思う。
さて、ここで終わりでもよかったのだが、実は廣田先生の話を聞いていて、現在公開されている各省庁の行政文書ファイル管理簿の大きな欠陥に気付くことができたのである。
その話をついでに書いておきたい。
現在の国の各省庁の行政文書ファイル管理簿は
大分類 部名
中分類 課名
小分類 係名
文書ファイル名 ファイル名
という分類方法になっている。
つまり、例えば、私がよく例に出す、宮内庁の「立太子の礼 皇太子成年式 諸参考 会議録」と言われる文書は、行政文書ファイル管理簿上では次のようになっている。
大分類 長官官房
中分類 秘書課
小分類 資料係
文書ファイル名 資料関係録 昭和27年
つまり、ニセコ町で言うところの「大分類」=「文書ファイル名」なのだ。
中分類と小分類にあたる部分が公開されていないのだ。
ニセコ町のものを見てもわかるように、大分類は「行政事務情報化」という非常に抽象的な名称になっている。
それだけが公開されていたら当然意味がわからない。あたりまえのことだったのだ。
もちろん、省庁によって文書管理の方法が異なっているので、文書ファイル名自体がニセコ町で言うところの「中分類」や「小分類」になっているデータもあるように思う。
だが、根本的には、「幹」の分類だけを外部に見せておいて、「枝」の部分の分類を外部に見せていないことが、このシステムの使いにくさにつながっているのではないのだろうか。つまり、二重帳簿のようになっていて、外部に見せているリストと内部で使っているリストが一致していないのではないか。
(実は以前公文書市民ネットのある方が、似たようなことを言っていたのを思いだした。あの時は頭がつながっていなかったが、やっと意味が理解できた。)
つまり、ワリツケ式を取っているからという以前の問題が、実はこの行政文書ファイル管理簿の仕組みに内包していたのである。
そして、こういったことが今まで平然と行われていたのは、廣田さんが主張しているような「情報の共有化」という概念が全くないということを意味している。
つまり、官僚一人一人が文書を「自分で作って自分で保管している」。だから、「公文書と私文書の分かれ目がわからない」とかいった議論が行われたりする。
課内ですら全く情報が共有化されていないという、それ自体が問題だということなのだ。
今回の公文書管理法の制定で、官僚の意識を変えるための「研修」が重要だということはすでによく指摘されていることである。
そのためには、やはり「システム」を変えるところから始めないとやはりダメなのだと痛感する。→以前書いたこの話とリンクする。
たとえば、行政文書ファイル管理簿を、今までのような「大分類」だけではなく、「中分類」や「小分類」まで公開するようなシステムにしなければ、結局行政の透明化にはつながっていかない。
これは、意識の問題もあるけど、大きくはシステムの問題である。
是非とも、このあたりも政令を作る際の検討課題として、考えてほしいと思う。
とにかく、やっと今まで謎だったことが一つ氷解した。
その意味でも、私にとっては非常にためになるセミナーであった。
公文書管理法成立 [2009年公文書管理法問題]
さきほど、本日の参議院本会議で、公文書管理法が全会一致で可決されました。これで成立です。
この法案の成立は、何よりもまず福田康夫前首相がいなければできていなかったと思います。福田氏が首相になったことで、この法案の成立への動きが起きたことは間違いのない事実です。
それに、公文書管理担当大臣として、最後は自民党の修正案の窓口として活躍した上川陽子議員、民主党でこの問題に中心に取り組んでこられた西村智奈美議員、逢坂誠二議員・・・。
こうした議員のみなさんがいなければこの法案はここまでのものになっていなかったでしょう。
また、「公文書の在り方等に関する有識者会議」であれだけ強い表現の報告書が出ていたからこそ、官僚の巻き返しを食った法案を大幅に修正できたのではと思います。その意味でも、有識者会議の存在は大きかったように思います。あらためて感謝いたします。
私自身はこの問題に対して、あまりたいしたこともできなかったですが、たまたま公文書管理に興味を持ってブログを書き続けてきたがゆえに、色々な方が私の意見に耳を傾けてくださいました。本当に感謝しております。
また、公文書市民ネットで一緒に活動したみなさんがいなければ、私は何もできなかったと思います。学者の世界に閉じこもっていた自分にとって、みなさんの行動力のすごさには圧倒されっぱなしで、ついていくのに必死でした。本当に貴重な経験をさせていただいたと思っています。
次回から、5回ぐらいの連載で、法案成立後の課題について書いた後、しばらくこの問題に関してのブログ執筆を縮小したいと思います。
正直なところ、昨年の有識者会議の議事録解説を書き始めようと思った頃から、研究者としての意地と誇りだけでこの問題に多くの時間を割いてきました。
ですが、本業の象徴天皇制研究では、すでに徳俵に足がかかっている状態であり、まずは研究者としての生き残りを図らねばなりません。しばらくは博論執筆に専念します。
ただ、「この法案はスタートに過ぎない」と私は言ってきました。その気持ちは変わりません。
別にブログを休止しようとは思っていません。関係するネタがあれば、その都度、無理のない範囲で更新します。
法案提出から4ヶ月は、書いた記事の量も尋常じゃなかったです。少しゆっくりしたいと思います。
それでは次回以降、連載を始めます。関係者の皆さん、本当にお疲れさまでした!
この法案の成立は、何よりもまず福田康夫前首相がいなければできていなかったと思います。福田氏が首相になったことで、この法案の成立への動きが起きたことは間違いのない事実です。
それに、公文書管理担当大臣として、最後は自民党の修正案の窓口として活躍した上川陽子議員、民主党でこの問題に中心に取り組んでこられた西村智奈美議員、逢坂誠二議員・・・。
こうした議員のみなさんがいなければこの法案はここまでのものになっていなかったでしょう。
また、「公文書の在り方等に関する有識者会議」であれだけ強い表現の報告書が出ていたからこそ、官僚の巻き返しを食った法案を大幅に修正できたのではと思います。その意味でも、有識者会議の存在は大きかったように思います。あらためて感謝いたします。
私自身はこの問題に対して、あまりたいしたこともできなかったですが、たまたま公文書管理に興味を持ってブログを書き続けてきたがゆえに、色々な方が私の意見に耳を傾けてくださいました。本当に感謝しております。
また、公文書市民ネットで一緒に活動したみなさんがいなければ、私は何もできなかったと思います。学者の世界に閉じこもっていた自分にとって、みなさんの行動力のすごさには圧倒されっぱなしで、ついていくのに必死でした。本当に貴重な経験をさせていただいたと思っています。
次回から、5回ぐらいの連載で、法案成立後の課題について書いた後、しばらくこの問題に関してのブログ執筆を縮小したいと思います。
正直なところ、昨年の有識者会議の議事録解説を書き始めようと思った頃から、研究者としての意地と誇りだけでこの問題に多くの時間を割いてきました。
ですが、本業の象徴天皇制研究では、すでに徳俵に足がかかっている状態であり、まずは研究者としての生き残りを図らねばなりません。しばらくは博論執筆に専念します。
ただ、「この法案はスタートに過ぎない」と私は言ってきました。その気持ちは変わりません。
別にブログを休止しようとは思っていません。関係するネタがあれば、その都度、無理のない範囲で更新します。
法案提出から4ヶ月は、書いた記事の量も尋常じゃなかったです。少しゆっくりしたいと思います。
それでは次回以降、連載を始めます。関係者の皆さん、本当にお疲れさまでした!
公文書管理法案、参院内閣委員会通過。 [2009年公文書管理法問題]
本日、公文書管理法案が参議院内閣委員会で全会一致で可決されました。明日の本会議でおそらく可決され、成立することになると思います。
明朝に、麻生首相がいきなり「解散!」とか言わないかぎり、成立は確定です。
附帯決議が衆議院の時よりもさらに細かくなっています。(解説は前の衆院の時のものでほとんど足りていると思いますので、そちらを参照してください)。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/171/f063_062301.pdf
今日の内閣委の審議ですが、面白いやりとりがいくつかあったので、紹介しておきます。
ちなみに、今日の質問者は、徳永久志(民主)、松井孝治(民主)、岩城光英(自民)、岡田広(自民)、山下栄一(公明)、糸数慶子(無所属)の各議員です。
・沖縄密約問題(西山事件)など、米国国立公文書館で日米間の秘密協定文書が見つかっているのにも関わらず、外務省は「不存在」と言い続けている点について。
これについては、すでに数回前にブログで書いているので、そちらを参考にしてほしいが、あくまでも外務省は「アメリカが間違っている」とは言わずに「自分たちは協定を結んでいないから、そんな文書は持っていない」ということを延々と繰り返し言い続けた。
「ではアメリカが間違っているというのか」と二者択一式につっこんでほしかったが、それぐらいひどい答弁だと改めて思う。
それなら西山事件で西山氏が「流出させた」文書とは何だったのか?「存在しない文書」で罰せられるなんて、そんなおかしな話はないのだ。
その中で、糸数議員が小渕優子公文書担当大臣に、日本の重要文書が他国でしか見つからないことについての見解をただし、大臣に「管理法ができれば作成されるべきものはきちんと作られる」と答弁させたのは良かったのではないかと思う。
私は以前のブログでも書いたように、秘密協定があること自体は仕方のない部分があると思う。だがそれは必ずいつの日か歴史の審判を仰がなければならない。それを隠すことは国益に反することなのだということは外務官僚にはきちんと認識してもらいたいと思う。
・外交公安関係の情報を不開示にしたい場合の「意見書」の参酌手続きについて。
外交や公安関係の文書は、移管元省庁(外務省や防衛省など)が不開示にしたいと「意見書」を提出し、国立公文書館等がそれを「参酌」しなければならないという規定がある。(第16条第2項)
ただ、この「参酌」とはどのような手続きかについて、衆議院では全く議論がされていなかった。
徳永議員や糸数議員により、その「参酌」についての質問があったが、これに対し、内閣府の山崎日出男審議官は明確に「国立公文書館等が主体的に判断する」と言い切った。
これは非常に重要。
もし「協議」だったら厳しかった。とにかく、あくまでも移管元は「意見書」を出すだけで、判断するのは国立公文書館等であることが明確になった。
だが、実はこれでも問題になるところはある。
外務省外交史料館と宮内庁書陵部である。
この二つは「意見書」を出すところと受け取るところが同じ省庁内にある。
しかも、基本的には外交史料館や書陵部は、大臣官房のような各省の中枢機関に全く歯が立たない。
だから、意見書はおそらく全てそのまま受け入れられることになるだろう。
この点で徳永議員が、「参酌」の「透明性」のために第三者機関などでの審査などを考えないのかと質問したのだが、山崎審議官は「統一ルールに則って行う」との答弁だった。
でも、そもそも国立公文書館に移管する省庁と外務省・宮内庁では、前提条件が異なっている。むしろ「統一ルール」にすることで、外交史料館や書陵部が「主体的に判断」という文面だけが入り、事実上は「意見書即不開示」になるのではないかと危惧される。
やはり根本的には、この2機関は国立公文書館の分館にしないと解決しない問題だと思う。5年後の法改正までに、詰めなければならない問題として残ったなと思う。
なお、松井議員が最後に怒っていたが、外交史料館の「内部規律」に関する文書(誰が何をしているのか)を参考にしたいから出してくれと言ったら、そんなものは無いとして外務省は情報提供をしなかったらしい。
これは非常に問題である。
また、外務省は、外交史料館の拡充についてどう考えるかという質問に対して「現状で問題ない」との回答をしている。
これまでに外交文書をめぐって、様々な問題が大きくなっているのに、何も変える気がないことは明白だ。公文書管理法ができても、自分たちは今まで通りで問題ないと思っているのではないか?
今後の外交史料館の動きについては、きちんと監視しないとまずいのではないかと、非常に危惧を覚えた。
(ちなみに、宮内庁の話はほとんど誰もしてくれなかった。まあ外交史料館のおまけ程度に並列して発言はしてくれていたけど・・・。私にはそっちが気にかかるんだが・・・。)
・残さなければならない文書とは何か?
衆議院でもさんざんもめた文書の作成義務(第4条)に関して、松井議員がかなり詳細な具体例を挙げて論を展開した。
この議論によって、第4条の修正で入った5つの事例がどういう意味であるのかがかなりクリアになった。
その5つをもう一回あげておきます。
一 法令の制定又は改廃及びその経緯
二 前号に定めるもののほか、閣議、関係行政機関の長で構成される会議又は省議
(これらに準ずるものを含む。)の決定又は了解及びその経緯
三 複数の行政機関による申合せ又は他の行政機関若しくは地方公共団体に対して
示す基準の設定及びその経緯
四 個人又は法人の権利義務の得喪及びその経緯
五 職員の人事に関する事項
まず一と二について。
松井議員は、作成して残さなければならない文書として、その事案の責任課長(局長)がどのように手を入れたかがわかる以降に作成された文書を挙げていた。
ここから下のレベルでの話し合いは、部内でのブレーンストーミング的なものがあり、それまで全部議事録として残すのは手間がかかりすぎるということであり、責任課長が手を入れるレベルからは政策を決める過程と言えるだろうということである。
もちろん、政治過程の全てをというなら、実際に案を作った一部員の作成したものまでと言いたいところだが、全部自動的に文書を作成したら保存されるようなシステムを構築できない限り、とりあえずはここまでなのかなという気もする。
ただ、私もこれについては確証を持ってこれでOKと答えられる自信はない。
なおこれについては、山崎審議官が同意をしていたので大丈夫ということだろう。
次に三について。
各省庁との協議を行う際には、まずは原案を作った上で課長補佐クラスが協議を行うらしい。
松井議員は、このような文書については、課長レベルの文書ではないが、各省庁との協議にあたるので、関連文書は全て残すべきだと述べていた。
これの返答は、修正案提案者の枝野幸男衆院議員と上川陽子衆院議員だったのだが、両者ともその通りと答えていた。これについてはむしろ山崎審議官に答えさせた方が良かったような気がしたが。
そして四と五について。
実はこれについては、何で入ったのか私にはよくわからなかったのだが、今回の松井議員の質問でやっと理解した。
要するに、天下りや「わたり」と言われる公務員の再就職斡旋の記録をきちんと残せということである。
返答は枝野議員が行っていたのでもちろん「残せ」という答弁だったが、これも山崎審議官の答弁を聞いてみたかった気もする。
松井議員はさすがに元通産官僚だっただけのことはあり、官僚側の仕事を理解した上での質問で、作成の問題をわかりやすく述べていたと思う。
・内閣府公文書管理課と国立公文書館の人員の問題
今回のやりとりで初めてわかったのだが、公文書管理課の職員は山崎審議官を含めてたったの10名!しかいないらしい。
これに国立公文書館の42人を加えても、いかんともしがたい人数だ。
この人数で、年間100万件にもなる文書の管理など到底不可能だ。
やはり早急に対策が取られなければ、この法律は実効性のない穴だらけの法律になりかねない。
民主党の議員がこの点は衆院の時からずっと問題視しているのだから、もし政権を取ったら公文書管理庁ぐらい作ってくれるんだよね!と信じたいところだ。
また、松井議員が、公務員を外部機関に天下りとかさせるぐらいなら、そういった人達を各省庁が再雇用して文書管理を担わせたらどうかという提言をしていたのは、結構面白いアイデアだと思う。
少なくとも、今回の法律を機能させるためには、国立公文書館の拡充も重要なのだが、各省庁の文書管理担当官を増やすことや、各公務員が文書管理に時間が取れるような人員配置などを工夫しなければならない。
残念ながら、まだレコードマネージャーのような文書管理の専門家は全く育っていない以上、初めのうちは各省庁の行政官達に頑張ってもらうしかない。
それなら、まだ元気な50代後半から60代の官僚OBOG達に、新しい文書管理手法を再教育して雇用し直すというのは人材の有効活用としては当座はありなのではないかと思う。(もちろん各省庁の利益を守ろうとするような人では困るので、そのあたりの選別はしっかりと行うべきだと思うが。)
最後に、自民党の岡田広議員が、故岩上二郎参議院議員(元茨城県知事)の話をしていたのが印象に残った。(岡田議員は岩上氏の元秘書。)
岩上氏は1987年に成立した「公文書館法」を作った人である。
公文書館の重要性を茨城県知事の時代から主張し、あの当時は珍しかった議員立法によって公文書館法を提案し、共産党を含めた野党全てを説得して全会一致で可決させた。→参考
この公文書館法が、どれだけ公文書館に勤める人達を励まし、また新たに公文書館を設置させる呼び水になったかは、色々な人が書き残している。
岡田議員の質問を聞きながら、岩上氏の国会での発言を議事録検索で調べてみると、生前最後に行った質問が出てきた。
公文書館法ができて直後の1988年3月19日の参議院予算委員会。
この質問を見て、私は愕然とせざるを得なかった。
岩上氏はこの時に、アーキビスト養成の重要性を訴え、国立公文書館の書架延長がアメリカなどと比べていかに貧弱かを示し、外国で日本の重要文書が発見されることを歎き、地方公文書館設立への支援を訴え、民営化直後の国鉄などの公文書の扱いはどうなるのかとか・・・そういったことを質問されていた。
それから21年が経過しているのに、まだ同じことが議論されているのだ。
でも、おそらく公文書管理の大切さがここまで重要視されるまでに、20年が必要だったのだろう。
それならば、今回の公文書管理法の定着も、また20年かかるかもしれない。
だが、たった一人で国会を走りまわらざるをえなかった岩上氏の時代から比べれば、状況は改善されてきたことは明らかだ。
明日10時から本会議です。終わったときにまた感想を書きます。
明朝に、麻生首相がいきなり「解散!」とか言わないかぎり、成立は確定です。
附帯決議が衆議院の時よりもさらに細かくなっています。(解説は前の衆院の時のものでほとんど足りていると思いますので、そちらを参照してください)。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/171/f063_062301.pdf
今日の内閣委の審議ですが、面白いやりとりがいくつかあったので、紹介しておきます。
ちなみに、今日の質問者は、徳永久志(民主)、松井孝治(民主)、岩城光英(自民)、岡田広(自民)、山下栄一(公明)、糸数慶子(無所属)の各議員です。
・沖縄密約問題(西山事件)など、米国国立公文書館で日米間の秘密協定文書が見つかっているのにも関わらず、外務省は「不存在」と言い続けている点について。
これについては、すでに数回前にブログで書いているので、そちらを参考にしてほしいが、あくまでも外務省は「アメリカが間違っている」とは言わずに「自分たちは協定を結んでいないから、そんな文書は持っていない」ということを延々と繰り返し言い続けた。
「ではアメリカが間違っているというのか」と二者択一式につっこんでほしかったが、それぐらいひどい答弁だと改めて思う。
それなら西山事件で西山氏が「流出させた」文書とは何だったのか?「存在しない文書」で罰せられるなんて、そんなおかしな話はないのだ。
その中で、糸数議員が小渕優子公文書担当大臣に、日本の重要文書が他国でしか見つからないことについての見解をただし、大臣に「管理法ができれば作成されるべきものはきちんと作られる」と答弁させたのは良かったのではないかと思う。
私は以前のブログでも書いたように、秘密協定があること自体は仕方のない部分があると思う。だがそれは必ずいつの日か歴史の審判を仰がなければならない。それを隠すことは国益に反することなのだということは外務官僚にはきちんと認識してもらいたいと思う。
・外交公安関係の情報を不開示にしたい場合の「意見書」の参酌手続きについて。
外交や公安関係の文書は、移管元省庁(外務省や防衛省など)が不開示にしたいと「意見書」を提出し、国立公文書館等がそれを「参酌」しなければならないという規定がある。(第16条第2項)
ただ、この「参酌」とはどのような手続きかについて、衆議院では全く議論がされていなかった。
徳永議員や糸数議員により、その「参酌」についての質問があったが、これに対し、内閣府の山崎日出男審議官は明確に「国立公文書館等が主体的に判断する」と言い切った。
これは非常に重要。
もし「協議」だったら厳しかった。とにかく、あくまでも移管元は「意見書」を出すだけで、判断するのは国立公文書館等であることが明確になった。
だが、実はこれでも問題になるところはある。
外務省外交史料館と宮内庁書陵部である。
この二つは「意見書」を出すところと受け取るところが同じ省庁内にある。
しかも、基本的には外交史料館や書陵部は、大臣官房のような各省の中枢機関に全く歯が立たない。
だから、意見書はおそらく全てそのまま受け入れられることになるだろう。
この点で徳永議員が、「参酌」の「透明性」のために第三者機関などでの審査などを考えないのかと質問したのだが、山崎審議官は「統一ルールに則って行う」との答弁だった。
でも、そもそも国立公文書館に移管する省庁と外務省・宮内庁では、前提条件が異なっている。むしろ「統一ルール」にすることで、外交史料館や書陵部が「主体的に判断」という文面だけが入り、事実上は「意見書即不開示」になるのではないかと危惧される。
やはり根本的には、この2機関は国立公文書館の分館にしないと解決しない問題だと思う。5年後の法改正までに、詰めなければならない問題として残ったなと思う。
なお、松井議員が最後に怒っていたが、外交史料館の「内部規律」に関する文書(誰が何をしているのか)を参考にしたいから出してくれと言ったら、そんなものは無いとして外務省は情報提供をしなかったらしい。
これは非常に問題である。
また、外務省は、外交史料館の拡充についてどう考えるかという質問に対して「現状で問題ない」との回答をしている。
これまでに外交文書をめぐって、様々な問題が大きくなっているのに、何も変える気がないことは明白だ。公文書管理法ができても、自分たちは今まで通りで問題ないと思っているのではないか?
今後の外交史料館の動きについては、きちんと監視しないとまずいのではないかと、非常に危惧を覚えた。
(ちなみに、宮内庁の話はほとんど誰もしてくれなかった。まあ外交史料館のおまけ程度に並列して発言はしてくれていたけど・・・。私にはそっちが気にかかるんだが・・・。)
・残さなければならない文書とは何か?
衆議院でもさんざんもめた文書の作成義務(第4条)に関して、松井議員がかなり詳細な具体例を挙げて論を展開した。
この議論によって、第4条の修正で入った5つの事例がどういう意味であるのかがかなりクリアになった。
その5つをもう一回あげておきます。
一 法令の制定又は改廃及びその経緯
二 前号に定めるもののほか、閣議、関係行政機関の長で構成される会議又は省議
(これらに準ずるものを含む。)の決定又は了解及びその経緯
三 複数の行政機関による申合せ又は他の行政機関若しくは地方公共団体に対して
示す基準の設定及びその経緯
四 個人又は法人の権利義務の得喪及びその経緯
五 職員の人事に関する事項
まず一と二について。
松井議員は、作成して残さなければならない文書として、その事案の責任課長(局長)がどのように手を入れたかがわかる以降に作成された文書を挙げていた。
ここから下のレベルでの話し合いは、部内でのブレーンストーミング的なものがあり、それまで全部議事録として残すのは手間がかかりすぎるということであり、責任課長が手を入れるレベルからは政策を決める過程と言えるだろうということである。
もちろん、政治過程の全てをというなら、実際に案を作った一部員の作成したものまでと言いたいところだが、全部自動的に文書を作成したら保存されるようなシステムを構築できない限り、とりあえずはここまでなのかなという気もする。
ただ、私もこれについては確証を持ってこれでOKと答えられる自信はない。
なおこれについては、山崎審議官が同意をしていたので大丈夫ということだろう。
次に三について。
各省庁との協議を行う際には、まずは原案を作った上で課長補佐クラスが協議を行うらしい。
松井議員は、このような文書については、課長レベルの文書ではないが、各省庁との協議にあたるので、関連文書は全て残すべきだと述べていた。
これの返答は、修正案提案者の枝野幸男衆院議員と上川陽子衆院議員だったのだが、両者ともその通りと答えていた。これについてはむしろ山崎審議官に答えさせた方が良かったような気がしたが。
そして四と五について。
実はこれについては、何で入ったのか私にはよくわからなかったのだが、今回の松井議員の質問でやっと理解した。
要するに、天下りや「わたり」と言われる公務員の再就職斡旋の記録をきちんと残せということである。
返答は枝野議員が行っていたのでもちろん「残せ」という答弁だったが、これも山崎審議官の答弁を聞いてみたかった気もする。
松井議員はさすがに元通産官僚だっただけのことはあり、官僚側の仕事を理解した上での質問で、作成の問題をわかりやすく述べていたと思う。
・内閣府公文書管理課と国立公文書館の人員の問題
今回のやりとりで初めてわかったのだが、公文書管理課の職員は山崎審議官を含めてたったの10名!しかいないらしい。
これに国立公文書館の42人を加えても、いかんともしがたい人数だ。
この人数で、年間100万件にもなる文書の管理など到底不可能だ。
やはり早急に対策が取られなければ、この法律は実効性のない穴だらけの法律になりかねない。
民主党の議員がこの点は衆院の時からずっと問題視しているのだから、もし政権を取ったら公文書管理庁ぐらい作ってくれるんだよね!と信じたいところだ。
また、松井議員が、公務員を外部機関に天下りとかさせるぐらいなら、そういった人達を各省庁が再雇用して文書管理を担わせたらどうかという提言をしていたのは、結構面白いアイデアだと思う。
少なくとも、今回の法律を機能させるためには、国立公文書館の拡充も重要なのだが、各省庁の文書管理担当官を増やすことや、各公務員が文書管理に時間が取れるような人員配置などを工夫しなければならない。
残念ながら、まだレコードマネージャーのような文書管理の専門家は全く育っていない以上、初めのうちは各省庁の行政官達に頑張ってもらうしかない。
それなら、まだ元気な50代後半から60代の官僚OBOG達に、新しい文書管理手法を再教育して雇用し直すというのは人材の有効活用としては当座はありなのではないかと思う。(もちろん各省庁の利益を守ろうとするような人では困るので、そのあたりの選別はしっかりと行うべきだと思うが。)
最後に、自民党の岡田広議員が、故岩上二郎参議院議員(元茨城県知事)の話をしていたのが印象に残った。(岡田議員は岩上氏の元秘書。)
岩上氏は1987年に成立した「公文書館法」を作った人である。
公文書館の重要性を茨城県知事の時代から主張し、あの当時は珍しかった議員立法によって公文書館法を提案し、共産党を含めた野党全てを説得して全会一致で可決させた。→参考
この公文書館法が、どれだけ公文書館に勤める人達を励まし、また新たに公文書館を設置させる呼び水になったかは、色々な人が書き残している。
岡田議員の質問を聞きながら、岩上氏の国会での発言を議事録検索で調べてみると、生前最後に行った質問が出てきた。
公文書館法ができて直後の1988年3月19日の参議院予算委員会。
この質問を見て、私は愕然とせざるを得なかった。
岩上氏はこの時に、アーキビスト養成の重要性を訴え、国立公文書館の書架延長がアメリカなどと比べていかに貧弱かを示し、外国で日本の重要文書が発見されることを歎き、地方公文書館設立への支援を訴え、民営化直後の国鉄などの公文書の扱いはどうなるのかとか・・・そういったことを質問されていた。
それから21年が経過しているのに、まだ同じことが議論されているのだ。
でも、おそらく公文書管理の大切さがここまで重要視されるまでに、20年が必要だったのだろう。
それならば、今回の公文書管理法の定着も、また20年かかるかもしれない。
だが、たった一人で国会を走りまわらざるをえなかった岩上氏の時代から比べれば、状況は改善されてきたことは明らかだ。
明日10時から本会議です。終わったときにまた感想を書きます。
東アジア近代史学会の感想 [2009年公文書管理法問題]
昨日、東アジア近代史学会で公文書問題について話してきました。
今回は後藤仁さんや早川和宏さんといった行政法学者がおられましたし、「問題提起で」と言われたということもあり、好き勝手に言いたいことをまくしたててきました。
相変わらずの早口で参加者の方には申し訳ありませんでした。(話す内容が多すぎた・・・。開始5分で「終わらん!」と思っていつもよりさらに加速をしてしまったので・・・。)
当日ですが、今まで論文でしかお会いしたことのなかった方にいろいろ会えて、それだけで十分満足でした。それに他の方の発表も勉強になったし、あとの飲み会での話とかも興味深いものが多かったです。(ここでは書けないことばかりですが(苦笑))
それに、私を学会に呼んでくれた方が、まさかの方で(名前は出せませんが)驚きました。
レジュメを上げておきます。報告で使ったものに、当日口で紹介した国立公文書館のパンフと古賀崇氏の論文、宮内庁書陵部の規則も加えた改良版です。削ったところはありません。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/h-sebata/koubunsyo/east-asia090621_sebata.pdf
御参考になれば幸いです。
追記
内容的にはたいした話ではないのだが、レジュメの最後に「昭和は遠くなりにけり」と書いたことについて。
元ネタは、中村草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」という俳句です。
中村が1931年(昭和6年)に母校の小学校を見て詠んだ歌とされています。
中村がこの歌を詠んだときは明治45年(1912年)から約20年だったわけです。現在から見た昭和とほぼ同じくらいの感覚なのだと思います。
もうすでに昭和ですらそれだけ過去の話になりつつあるわけです。今年は天皇皇后の金婚式だったわけですから、50年前はミッチーブームなのです。
史学科はもっと戦後史をきちんと教えてもいいんじゃないかという話の例としてはいいかなと思って書いたのですが、まあ時間が足りずに話せませんでした。
かっこつけようとするもんじゃないですね(苦笑)。
今回は後藤仁さんや早川和宏さんといった行政法学者がおられましたし、「問題提起で」と言われたということもあり、好き勝手に言いたいことをまくしたててきました。
相変わらずの早口で参加者の方には申し訳ありませんでした。(話す内容が多すぎた・・・。開始5分で「終わらん!」と思っていつもよりさらに加速をしてしまったので・・・。)
当日ですが、今まで論文でしかお会いしたことのなかった方にいろいろ会えて、それだけで十分満足でした。それに他の方の発表も勉強になったし、あとの飲み会での話とかも興味深いものが多かったです。(ここでは書けないことばかりですが(苦笑))
それに、私を学会に呼んでくれた方が、まさかの方で(名前は出せませんが)驚きました。
レジュメを上げておきます。報告で使ったものに、当日口で紹介した国立公文書館のパンフと古賀崇氏の論文、宮内庁書陵部の規則も加えた改良版です。削ったところはありません。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/h-sebata/koubunsyo/east-asia090621_sebata.pdf
御参考になれば幸いです。
追記
内容的にはたいした話ではないのだが、レジュメの最後に「昭和は遠くなりにけり」と書いたことについて。
元ネタは、中村草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」という俳句です。
中村が1931年(昭和6年)に母校の小学校を見て詠んだ歌とされています。
中村がこの歌を詠んだときは明治45年(1912年)から約20年だったわけです。現在から見た昭和とほぼ同じくらいの感覚なのだと思います。
もうすでに昭和ですらそれだけ過去の話になりつつあるわけです。今年は天皇皇后の金婚式だったわけですから、50年前はミッチーブームなのです。
史学科はもっと戦後史をきちんと教えてもいいんじゃないかという話の例としてはいいかなと思って書いたのですが、まあ時間が足りずに話せませんでした。
かっこつけようとするもんじゃないですね(苦笑)。
東アジア近代史学会で話します(再掲) [2009年公文書管理法問題]
明後日に東アジア近代史学会で話します。
前にも書いたのですが、書いて1日後には次の記事を書いてしまったので、とりあえずもう一度上げておきます。
パンフなどには書かれていませんが、コメンテーターに加藤陽子氏(東京大学、公文書の在り方等に関する有識者会議委員)が起用されたそうです。楽しみです。
東アジア近代史学会の大会で報告をすることになりました。
東アジア近代史学会は、大会でほぼ毎年「歴史資料セッション」を設けていて、歴史研究者だけでなくアーカイブズ関係者やその他の学会の方達を呼んでシンポジウムを開いています。
今回は、「歴史研究の立場から公文書を歴史史料として利活用してきた立場から見た法制度やその運用上の問題点は何か?」という点から話してくれとの依頼を受けましたので引き受けました。
後藤氏など行政法の方がおられるので、今回は法律解釈の話をメインにしなくて済みそうです。その分、色々と今までの経験知から不満に思っていることなどをきちんと話してこようかなと思っています。
第14回東アジア近代史学会研究大会
・日 時:6月21日(日)13時30分~17時30分
・場 所:東京大学駒場キャンパス18号館1階ホール
・大会参加費:会員1000円、非会員1500円
歴史資料セッション
「日本における公文書の管理と公開の現状と問題点―法制度とその運用を中心に―」
司会:井口和起 氏(京都府立総合資料館長)
公文書の管理と公開―法制化過程での論点―
後藤 仁 氏(神奈川大学法学部)
公文書の管理と法―情報公開・個人情報保護・公文書館制度との関係で―
早川和宏 氏(大宮法科大学院大学)
地方自治体公文書館における公文書の保存・公開―法制度から見た現状と課題―
岡田昭二 氏(群馬県立文書館補佐)
公文書の公開の現状と問題点―利用者の立場からの問題提起―
瀬畑 源 氏(一橋大学大学院博士後期課程)
韓国における国家記録資料の保存・公開・利用の現状と問題点―韓国国家記録院の歩みが語っているもの―
金 慶南 氏(韓国国家記録院研究員)
コメンテーター
加藤陽子氏(東京大学、公文書の在り方等に関する有識者会議委員)
(一部の報告テーマは仮題の場合があります)
学会自体は土日にまたがってありますので、興味のある方は下記のアドレスを参考にしてください。歴史資料セッションの趣旨文も掲載されています。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jameah/14taikai.htm
前にも書いたのですが、書いて1日後には次の記事を書いてしまったので、とりあえずもう一度上げておきます。
パンフなどには書かれていませんが、コメンテーターに加藤陽子氏(東京大学、公文書の在り方等に関する有識者会議委員)が起用されたそうです。楽しみです。
東アジア近代史学会の大会で報告をすることになりました。
東アジア近代史学会は、大会でほぼ毎年「歴史資料セッション」を設けていて、歴史研究者だけでなくアーカイブズ関係者やその他の学会の方達を呼んでシンポジウムを開いています。
今回は、「歴史研究の立場から公文書を歴史史料として利活用してきた立場から見た法制度やその運用上の問題点は何か?」という点から話してくれとの依頼を受けましたので引き受けました。
後藤氏など行政法の方がおられるので、今回は法律解釈の話をメインにしなくて済みそうです。その分、色々と今までの経験知から不満に思っていることなどをきちんと話してこようかなと思っています。
第14回東アジア近代史学会研究大会
・日 時:6月21日(日)13時30分~17時30分
・場 所:東京大学駒場キャンパス18号館1階ホール
・大会参加費:会員1000円、非会員1500円
歴史資料セッション
「日本における公文書の管理と公開の現状と問題点―法制度とその運用を中心に―」
司会:井口和起 氏(京都府立総合資料館長)
公文書の管理と公開―法制化過程での論点―
後藤 仁 氏(神奈川大学法学部)
公文書の管理と法―情報公開・個人情報保護・公文書館制度との関係で―
早川和宏 氏(大宮法科大学院大学)
地方自治体公文書館における公文書の保存・公開―法制度から見た現状と課題―
岡田昭二 氏(群馬県立文書館補佐)
公文書の公開の現状と問題点―利用者の立場からの問題提起―
瀬畑 源 氏(一橋大学大学院博士後期課程)
韓国における国家記録資料の保存・公開・利用の現状と問題点―韓国国家記録院の歩みが語っているもの―
金 慶南 氏(韓国国家記録院研究員)
コメンテーター
加藤陽子氏(東京大学、公文書の在り方等に関する有識者会議委員)
(一部の報告テーマは仮題の場合があります)
学会自体は土日にまたがってありますので、興味のある方は下記のアドレスを参考にしてください。歴史資料セッションの趣旨文も掲載されています。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jameah/14taikai.htm
沖縄密約文書「ない理由示せ」報道について思う [2009年公文書管理法問題]
6月17日の朝日新聞の記事。引用します。
沖縄密約文書「ない理由示せ」 地裁裁判長、国に要請
2009年6月17日5時1分
72年の沖縄返還に伴って日米間で交わされたとされる「密約文書」をめぐる情報公開訴訟で、東京地裁の杉原則彦裁判長は16日、「文書を保有していない」と主張する国側に「その理由を合理的に説明する必要がある」と指摘し、次回までに示すよう求めた。訴えられた国側に積極的な説明責任を求めたもので、異例の訴訟指揮といえる。
密約をめぐっては、その存在を裏付ける外交文書が米側で公開されているにもかかわらず日本政府は一貫して「密約はない」と否定し続けている。訴訟をきっかけに、国側の姿勢が改めて問われることになりそうだ。
訴えているのは、作家の澤地久枝さんや立正大講師の桂敬一さんら25人。昨年9月に情報公開法に基づいて、密約を記した日本側文書の公開を求めたが、国は「保存場所を探索したが、文書を作成、取得した事実は確認できず、廃棄・移管の記録もなかった」などとしたため、今年3月に提訴した。
この日あった第1回口頭弁論の冒頭で、杉原裁判長は「率直な感じを述べさせていただく」と切り出し、米側に密約文書があるのだから日本側にも同様の文書があるはずとする原告側の主張は「十分理解できる点がある」と発言。原告側が、仮に密約文書そのものを国が保有していないとしても関連文書はあるはずと主張していることについても、「理解できる」とした。
そのうえで、もし密約そのものが存在しないというのであれば、アメリカの公文書をどう理解すべきなのかについて「被告側が説明することを希望する」と述べた。
さらに、当時の交渉責任者で、密約があったことをメディアに明らかにしている吉野文六・元外務省アメリカ局長を証人に招くよう原告側に促した。吉野氏は06年、朝日新聞のインタビューに「当時は、とにかく協定を批准させればそれでいい。あとは野となれ……という気持ちだった。そのために『記憶にない』『そういう事実はない』と言ってきた」と証言した。
原告の澤地さんは閉廷後の会見で、37年前に密約を暴いた西山太吉・元毎日新聞記者が国家公務員法違反で有罪とされた件に触れ、「存在しない文書をめぐって西山さんは裁かれたというのか」と話した。(谷津憲郎)
(引用終)
珍しく、裁判所が行政訴訟において、原告側に立っている。
さて、ここで裁判長が言っていることは、非常に真っ当な話である。
沖縄密約文書を外務省がないと言っていることについては、次の三つの理由ぐらいしか考えられない。
1.アメリカが嘘をついている(米側の文書が偽造されている)。
2.外務省が廃棄した(ないしは作っていない)。
3.当時の担当者の「私文書」扱いとして、「行政文書」と認識されていない。
今回の裁判長が話しているのは、1か2かはっきりせよということである。
まず1の可能性についてであるが、これははっきりいってあり得ないだろう。
もしこれで日本側の資料が出てきて文書が偽造だとばれたときには、アメリカという国自体の国際的な信用を一気に失いかねない。そんなリスクを負ってまでするような事例でもない以上、それはありえないと考えて良い。
次に2についてである。これは十分に可能性があり得る。
ただ、情報公開法施行以前に捨てていた場合、廃棄記録を残さなくて良いので、おそらく「捨てたこと」を立証するのは不可能だと思われる。外務省にとってはかなり苦しい条件を突きつけられたと思う。
問題は3の場合である。例えば「事務次官の個人文書」と称して歴代の次官に渡されていた場合、現在の情報公開法の抜け道から「行政文書」として扱われないことになる。
ただ、今回の裁判長の聞き方から考えて、もし3の場合は外務省は出さざるを得なくなるだろう(もしくは敗北を認めるか)。
さて、そもそも論であるが、こういった密約文書はそもそも作られるべきなのだろうか。
私は、秘密裏に首相同士が密約を結ぶと言うことは、外交上アリだと思っている。
外交は必ずしも国民世論に従っていれば良いというものではない。繊細な問題は首脳同士でこっそり決めるというのはありだとおもう。
ただ、重要なのは、必ず文書はきちんと作成し、いずれ30年ないし50年後といった歴史事実として扱われる時代になったときに公開をし、歴史の審判を仰がなければならないということだ。
よく政治家は不人気の政策を行うときに「いずれ歴史が判断する」と言うが、それを証明するためには、自分が決定したことを残さなければダメである。
今回の密約事件については、「非公開」ならまだわかる。だが外務省の主張は「不存在」である。
もし本当に「不存在」だったならば、これは「国益に反する」行為であることを厳しく問われなければならない。
他国との交渉結果をきちんと残さないということは、逆に相手が勝手に条件を付け加えた条約書類を偽造しても、文句は言えないということである。
例えれば、契約書を相手だけ持っていて、自分の側は持ってないという場合に、契約内容に反しているから損害賠償せよと訴訟でも起こされたら、証拠が全くないので、多額の賠償金を払わざるを得なくなるというようなことなのだ。
今回の公文書管理法は、そのようなことを無くそうという法律である。
例えすぐに公開するのがはばかられる文書でも、きちんと作成し、いつの日か公開して審判を仰がなければならない。それは外交文書だったら、なおさら必要なことである。
特に今回の法律で3の逃げ道を無くしたのも大きいと思われる。
外務省はこの裁判長の発言に対してどのような返答をするのか。注目したい。
沖縄密約文書「ない理由示せ」 地裁裁判長、国に要請
2009年6月17日5時1分
72年の沖縄返還に伴って日米間で交わされたとされる「密約文書」をめぐる情報公開訴訟で、東京地裁の杉原則彦裁判長は16日、「文書を保有していない」と主張する国側に「その理由を合理的に説明する必要がある」と指摘し、次回までに示すよう求めた。訴えられた国側に積極的な説明責任を求めたもので、異例の訴訟指揮といえる。
密約をめぐっては、その存在を裏付ける外交文書が米側で公開されているにもかかわらず日本政府は一貫して「密約はない」と否定し続けている。訴訟をきっかけに、国側の姿勢が改めて問われることになりそうだ。
訴えているのは、作家の澤地久枝さんや立正大講師の桂敬一さんら25人。昨年9月に情報公開法に基づいて、密約を記した日本側文書の公開を求めたが、国は「保存場所を探索したが、文書を作成、取得した事実は確認できず、廃棄・移管の記録もなかった」などとしたため、今年3月に提訴した。
この日あった第1回口頭弁論の冒頭で、杉原裁判長は「率直な感じを述べさせていただく」と切り出し、米側に密約文書があるのだから日本側にも同様の文書があるはずとする原告側の主張は「十分理解できる点がある」と発言。原告側が、仮に密約文書そのものを国が保有していないとしても関連文書はあるはずと主張していることについても、「理解できる」とした。
そのうえで、もし密約そのものが存在しないというのであれば、アメリカの公文書をどう理解すべきなのかについて「被告側が説明することを希望する」と述べた。
さらに、当時の交渉責任者で、密約があったことをメディアに明らかにしている吉野文六・元外務省アメリカ局長を証人に招くよう原告側に促した。吉野氏は06年、朝日新聞のインタビューに「当時は、とにかく協定を批准させればそれでいい。あとは野となれ……という気持ちだった。そのために『記憶にない』『そういう事実はない』と言ってきた」と証言した。
原告の澤地さんは閉廷後の会見で、37年前に密約を暴いた西山太吉・元毎日新聞記者が国家公務員法違反で有罪とされた件に触れ、「存在しない文書をめぐって西山さんは裁かれたというのか」と話した。(谷津憲郎)
(引用終)
珍しく、裁判所が行政訴訟において、原告側に立っている。
さて、ここで裁判長が言っていることは、非常に真っ当な話である。
沖縄密約文書を外務省がないと言っていることについては、次の三つの理由ぐらいしか考えられない。
1.アメリカが嘘をついている(米側の文書が偽造されている)。
2.外務省が廃棄した(ないしは作っていない)。
3.当時の担当者の「私文書」扱いとして、「行政文書」と認識されていない。
今回の裁判長が話しているのは、1か2かはっきりせよということである。
まず1の可能性についてであるが、これははっきりいってあり得ないだろう。
もしこれで日本側の資料が出てきて文書が偽造だとばれたときには、アメリカという国自体の国際的な信用を一気に失いかねない。そんなリスクを負ってまでするような事例でもない以上、それはありえないと考えて良い。
次に2についてである。これは十分に可能性があり得る。
ただ、情報公開法施行以前に捨てていた場合、廃棄記録を残さなくて良いので、おそらく「捨てたこと」を立証するのは不可能だと思われる。外務省にとってはかなり苦しい条件を突きつけられたと思う。
問題は3の場合である。例えば「事務次官の個人文書」と称して歴代の次官に渡されていた場合、現在の情報公開法の抜け道から「行政文書」として扱われないことになる。
ただ、今回の裁判長の聞き方から考えて、もし3の場合は外務省は出さざるを得なくなるだろう(もしくは敗北を認めるか)。
さて、そもそも論であるが、こういった密約文書はそもそも作られるべきなのだろうか。
私は、秘密裏に首相同士が密約を結ぶと言うことは、外交上アリだと思っている。
外交は必ずしも国民世論に従っていれば良いというものではない。繊細な問題は首脳同士でこっそり決めるというのはありだとおもう。
ただ、重要なのは、必ず文書はきちんと作成し、いずれ30年ないし50年後といった歴史事実として扱われる時代になったときに公開をし、歴史の審判を仰がなければならないということだ。
よく政治家は不人気の政策を行うときに「いずれ歴史が判断する」と言うが、それを証明するためには、自分が決定したことを残さなければダメである。
今回の密約事件については、「非公開」ならまだわかる。だが外務省の主張は「不存在」である。
もし本当に「不存在」だったならば、これは「国益に反する」行為であることを厳しく問われなければならない。
他国との交渉結果をきちんと残さないということは、逆に相手が勝手に条件を付け加えた条約書類を偽造しても、文句は言えないということである。
例えれば、契約書を相手だけ持っていて、自分の側は持ってないという場合に、契約内容に反しているから損害賠償せよと訴訟でも起こされたら、証拠が全くないので、多額の賠償金を払わざるを得なくなるというようなことなのだ。
今回の公文書管理法は、そのようなことを無くそうという法律である。
例えすぐに公開するのがはばかられる文書でも、きちんと作成し、いつの日か公開して審判を仰がなければならない。それは外交文書だったら、なおさら必要なことである。
特に今回の法律で3の逃げ道を無くしたのも大きいと思われる。
外務省はこの裁判長の発言に対してどのような返答をするのか。注目したい。
公文書管理法案、衆院本会議可決 [2009年公文書管理法問題]
先程、公文書管理法案が衆院本会議で全会一致で可決されました。
あとは参議院です。自民民主公明共産社民の共同提案の修正案ですから、もめることもなく通過することと思います。
ここまでこればもう安心です。
さて、昨日の内閣委員会での議論について、少しだけフォローしておきます。
基本的に質問には修正案提案者が答えるので、自民党の質問には上川陽子議員(元公文書担当大臣)が、民主党の質問には枝野幸男議員が答えるということで、あらかじめ詰めておきたい議論を予定調和で行ったということだと思います。
確認されたことでもっとも重要な点は、国立公文書館の体制が貧弱なので、そこに対する予算や人員の割り当てをきちんと行うことが政府も含めて確認されたことであろう。きちんと予算をつけてほしいと思う。
また、この法案に基づく政令が作られるときは、パブリックコメントを求めることになるとのことである(政令を作るときにはそうすることが通例だそうです)。もしまずい政令が作られたときには、きちんとパブコメを出さなければならないと思う。
これ以外の所は、修正案の解説に混ぜながら書きます。次回から、今回修正された部分についての解説を数回かけて書きたいと思います。
あとは参議院です。自民民主公明共産社民の共同提案の修正案ですから、もめることもなく通過することと思います。
ここまでこればもう安心です。
さて、昨日の内閣委員会での議論について、少しだけフォローしておきます。
基本的に質問には修正案提案者が答えるので、自民党の質問には上川陽子議員(元公文書担当大臣)が、民主党の質問には枝野幸男議員が答えるということで、あらかじめ詰めておきたい議論を予定調和で行ったということだと思います。
確認されたことでもっとも重要な点は、国立公文書館の体制が貧弱なので、そこに対する予算や人員の割り当てをきちんと行うことが政府も含めて確認されたことであろう。きちんと予算をつけてほしいと思う。
また、この法案に基づく政令が作られるときは、パブリックコメントを求めることになるとのことである(政令を作るときにはそうすることが通例だそうです)。もしまずい政令が作られたときには、きちんとパブコメを出さなければならないと思う。
これ以外の所は、修正案の解説に混ぜながら書きます。次回から、今回修正された部分についての解説を数回かけて書きたいと思います。
公文書管理法案、衆院内閣委員会で可決! [2009年公文書管理法問題]
先程、衆議院内閣委員会で、公文書管理法案の修正案が可決されました。
明日の本会議で可決するそうです。
修正案も内閣委に所属する全与野党の共同提案になり、全会一致での可決になりました。
修正案はとりあえず私のHPに上げておきます。衆院か内閣府で正式なものがアップされたらリンクを正式な物に変えます。
案の解説については、6月12日から3回書きましたので参照にしてください。
また、付帯決議も15可決されています。これについては、あとで記載します。
本日の審議の内容については、正式な案を入手してから書きたいと思います。
やっとここまできました。感慨無量です。
公文書管理法修正案
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/syuuseian/1_50B6.htm
公文書管理法修正案対照表
http://www008.upp.so-net.ne.jp/h-sebata/koubunsyo/sin-kyuu.pdf
付帯決議
http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/naikaku5901E9FCB66666D4492575D20007B8D1.htm
明日の本会議で可決するそうです。
修正案も内閣委に所属する全与野党の共同提案になり、全会一致での可決になりました。
修正案はとりあえず私のHPに上げておきます。衆院か内閣府で正式なものがアップされたらリンクを正式な物に変えます。
案の解説については、6月12日から3回書きましたので参照にしてください。
また、付帯決議も15可決されています。これについては、あとで記載します。
本日の審議の内容については、正式な案を入手してから書きたいと思います。
やっとここまできました。感慨無量です。
公文書管理法修正案
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/syuuseian/1_50B6.htm
公文書管理法修正案対照表
http://www008.upp.so-net.ne.jp/h-sebata/koubunsyo/sin-kyuu.pdf
付帯決議
http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/naikaku5901E9FCB66666D4492575D20007B8D1.htm
「私文書」とは何か [2009年公文書管理法問題]
公文書市民ネットで一緒に活動しているジャーナリストのまさのあつこさんが、御自身のブログで公文書管理法の国会審議についてコメントをしています。
その中で、「私文書」の定義の話をしておられたので、ここで紹介しておきます。
今回の公文書管理法を作成するにあたり、もっともカギとなったのは「公文書の定義」であろうと思う。
例えば、公務員が作ったメモのレベルは公文書にあたるのか否かである。
しかし、この「私文書」については、アメリカの連邦規則できちんと定義がなされている。
以下はまさのさんの訳です。コピーさせてもらいます。
§1222.36 私文書とは何か
(a)私文書とは公務とは関係がないまたは公務に影響のない私的たは非公共な性質を持つ文書。私文書は連邦政府の定義から除外され、政府の所有物ではない。私文書の例には以下を含む
(1)政府業務に就く前に職員が集積した文書で公務に実質的には使用していないもの
(2)個人の私的な事柄にしか関係のない、たとえば公務以外の職業団体や個人的な政治的なつながりに関する文書など。
(3)日記、日誌、私的な通信や、その他政府業務執行のための準備、使用、回覧、伝達を行ったものではないメモ
(b)私文書は明らかにそのように区別できなければならない。また常に公文書とは区別して保管するようにしなければならない
(c)個人的な事柄と公務に関する情報が同じ文書に存在する場合は収受の際に、個人的な情報を削除した上で複写し、連邦記録として扱われなければならない。
(d)「個人的」「機密」「私的」または同様のラベルがついていても、業務遂行に使用された文書は該当する法令の条項が適用される連邦記録である。「個人的」という言葉がついているだけでは連邦機関における文書要件を決定づけるには不十分である。
(引用終)
詳しくはまさのさんのブログに行くと、他の条文も含めて翻訳がExcelファイルとして公開されているので、そちらを参考にしてほしい。
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-a20a.html
ちなみに原文は
http://www.archives.gov/about/regulations/part-1222.html
にあります。
今回の公文書管理法は、「公文書」の定義しかされていないけれども、こういった「私文書」の定義もきちんとすれば、文書を作成する公務員にとってもわかりやすいのかなと思う。
その中で、「私文書」の定義の話をしておられたので、ここで紹介しておきます。
今回の公文書管理法を作成するにあたり、もっともカギとなったのは「公文書の定義」であろうと思う。
例えば、公務員が作ったメモのレベルは公文書にあたるのか否かである。
しかし、この「私文書」については、アメリカの連邦規則できちんと定義がなされている。
以下はまさのさんの訳です。コピーさせてもらいます。
§1222.36 私文書とは何か
(a)私文書とは公務とは関係がないまたは公務に影響のない私的たは非公共な性質を持つ文書。私文書は連邦政府の定義から除外され、政府の所有物ではない。私文書の例には以下を含む
(1)政府業務に就く前に職員が集積した文書で公務に実質的には使用していないもの
(2)個人の私的な事柄にしか関係のない、たとえば公務以外の職業団体や個人的な政治的なつながりに関する文書など。
(3)日記、日誌、私的な通信や、その他政府業務執行のための準備、使用、回覧、伝達を行ったものではないメモ
(b)私文書は明らかにそのように区別できなければならない。また常に公文書とは区別して保管するようにしなければならない
(c)個人的な事柄と公務に関する情報が同じ文書に存在する場合は収受の際に、個人的な情報を削除した上で複写し、連邦記録として扱われなければならない。
(d)「個人的」「機密」「私的」または同様のラベルがついていても、業務遂行に使用された文書は該当する法令の条項が適用される連邦記録である。「個人的」という言葉がついているだけでは連邦機関における文書要件を決定づけるには不十分である。
(引用終)
詳しくはまさのさんのブログに行くと、他の条文も含めて翻訳がExcelファイルとして公開されているので、そちらを参考にしてほしい。
http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-a20a.html
ちなみに原文は
http://www.archives.gov/about/regulations/part-1222.html
にあります。
今回の公文書管理法は、「公文書」の定義しかされていないけれども、こういった「私文書」の定義もきちんとすれば、文書を作成する公務員にとってもわかりやすいのかなと思う。
公文書管理法案、修正案に与野党合意 [2009年公文書管理法問題]
今日の各新聞の朝刊に、自民公明両党と民主党の間で行われていた公文書管理法の修正協議が終了したことが報じられました。とりあえず一番詳しかった産経の引用。
公文書管理法案成立へ 「廃棄には首相同意」3党合意
6月5日7時59分配信 産経新聞
衆院内閣委員会は4日の理事懇談会で、自民、公明、民主の3党が公文書の管理・保管のあり方を決める公文書管理法案について、文書を廃棄するには首相の同意がいることなどの修正に合意した。社民、共産両党の対応をみた上で10日にも採決するが、3党が修正に合意したことで、法案は今国会での成立が確実になった。
公文書は平成11年の情報公開法に基づき、作成、分類、保存期間を府省ごとの規則で定めてきた。だが、実態は各部局で管理方法が異なり、公開請求した資料が見つからないことも多かった。保存期間が終了した文書は、首相と行政機関の長が「歴史的資料」として合意した場合は国立公文書館に移管されるはずだが、移管率は1%未満で、約90%が廃棄されていた。
加えて、年金記録問題や薬害C型肝炎の関連資料を倉庫に放置していたなどのずさんな管理実態が明らかになったことを受け、福田康夫首相(当時)が平成20年2月末、有識者会議を設置。政府は有識者会議の報告書を基に3月、法案を国会に提出していた。
自民、民主両党の実務者による修正案では「政令で定める」としていた作成・保存すべき文書の定義を意思決定過程や事業の検証ができるよう明示的に列挙。▽文書の廃棄に首相の同意が必要▽首相が必要性を認めた文書は行政機関の長に保存を要請▽国会や裁判所の文書管理方法についても検討▽施行5年後の法案見直し-などが追加された。
これにより、文書の作成から廃棄、保存まで一貫したルールができるほか、行政機関の判断で文書を廃棄できなくなる。
一方、民主党が求めた公文書の一元管理を担う「公文書管理庁」や、文書の散逸を防ぐために保存期間終了前に文書を集約する「中間書庫」の設置は、今後の検討課題として残された。
(引用終)
また、朝日新聞に載っていた「公文書管理法案、修正協議での主な追加点」によれば、
・文書の廃棄
首相の同意を義務化。保存の必要があると認める場合は首相が廃棄を差し止める
・文書作成の対象を明記
法令の制定、改廃、その経緯▽閣議、省議の決定、了解、その経緯▽職員の人事に関する事項など
・法律の目的
公文書は民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源で、国民が主体的に利用しうるもの
・研修
省庁、独立行政法人は公文書管理を適正に行うため職員に必要な研修を行う
・付則
法施行後5年をめどに公文書の範囲などを検討。国会、裁判所の文書のあり方も検討
とある。
修正案の要綱は某所からもらっているので、ここに書かれていることは間違いないと思う。(本来なら修正案要綱を全部載せてしまいたいのだが、「案」と書かれているものをもらっているので、確定したものとは違う可能性があるので載せません。)
今回の修正によってかなり前進したことがある。
・第1条の目的についてだが、、「公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであること」と明記されることになった。
「共有財産」という言葉が内閣委では問題になっていたことはすでに記載したが、結局「財産」という言葉は諦めて、実質的な内実を取ったということだと思われる。ここはこれで十分ではないかと思う。
・作成すべき文書の内容については、要項を見ると朝日の記事にあるような点を法案にきちんと書き込むことになるようである。
もちろん、「これ以外の物は作らなくて良い」と思われたら困るが、重要な文書はそれなりに網羅される可能性が高まってきた。あとは運用面でどう改善していくかがカギになると思われる。
・廃棄については、首相の同意が必要となる文面が加わることになった。これで、各省庁が勝手に廃棄することができなくなるので、これは大きい修正だ。
もちろん内閣府や国立公文書館がどこまでチェックできるだけの体制を整えられるかという点も課題にはなるが、少なくとも恣意的な廃棄はこれでかなり無くせることは間違いないと思う。
また、記事にはなっていないが、行政文書は保存満了前のできる限り早い時期に満了後の措置(移管・廃棄)を定めなければならないとの一文も入るようであり、管理体制は間違いなく改善されるであろう。
・研修の充実化も法文に入れられることになった。
これも予算を付けるためにもあったほうが良い条文だったので、入って良かったと思う。
・記事になっていないが、統合・廃止される機関の文書保存についても条文が加わるようである。
過去にさかのぼっては無理だが(国鉄(JR)や電電公社(NTT)など)、今後への対策は取られることになりそうだ。郵政民営化が今後行われる時に、公的機関時代の「公文書」をどう残させるかがこの条文との関係で重要になるかもしれない。
・法施行5年後に法律の見直しを行う事項が入った。これも必要なのでよかった。また、国会や裁判所の文書についても、検討を行うことが附則に入るようである。5年間の猶予の間に、きちんと国会に調査機関を置いて、しっかりと検討してほしいと思う。
さて、この修正案を見ると、たぶんここが限界点なんだろうなと思う。
少なくとも、私が以前から主張している「行政文書の定義の拡大」と「移管廃棄権限を各行政機関に持たせてはならない」という2点については、現状では精一杯の前進がはかられたと思う。
他の部分もかなり良い方向に修正がなされていると感じる。まず及第点はあげられるのではないだろうか。
惜しむらくは、公文書管理庁の設置が見送られたことである。執行機関が弱いということは必ず今後問題になってくるだろう。
あとは中間書庫の問題だが、中央に集中的な中間書庫が置かれるということについては、産経の記事にあるように今後の課題となりそうだが、修正案の要綱には「集中管理の推進」という用語が第6条に加わるようなので、全く進まないということでもないようだ。
さて、今後であるが、付帯決議で何を付けられるかという問題に移ってくるだろう。
これは国会での議論が重要になってくると思われるので、そちらもまた追っていきたい。
公文書管理法案成立へ 「廃棄には首相同意」3党合意
6月5日7時59分配信 産経新聞
衆院内閣委員会は4日の理事懇談会で、自民、公明、民主の3党が公文書の管理・保管のあり方を決める公文書管理法案について、文書を廃棄するには首相の同意がいることなどの修正に合意した。社民、共産両党の対応をみた上で10日にも採決するが、3党が修正に合意したことで、法案は今国会での成立が確実になった。
公文書は平成11年の情報公開法に基づき、作成、分類、保存期間を府省ごとの規則で定めてきた。だが、実態は各部局で管理方法が異なり、公開請求した資料が見つからないことも多かった。保存期間が終了した文書は、首相と行政機関の長が「歴史的資料」として合意した場合は国立公文書館に移管されるはずだが、移管率は1%未満で、約90%が廃棄されていた。
加えて、年金記録問題や薬害C型肝炎の関連資料を倉庫に放置していたなどのずさんな管理実態が明らかになったことを受け、福田康夫首相(当時)が平成20年2月末、有識者会議を設置。政府は有識者会議の報告書を基に3月、法案を国会に提出していた。
自民、民主両党の実務者による修正案では「政令で定める」としていた作成・保存すべき文書の定義を意思決定過程や事業の検証ができるよう明示的に列挙。▽文書の廃棄に首相の同意が必要▽首相が必要性を認めた文書は行政機関の長に保存を要請▽国会や裁判所の文書管理方法についても検討▽施行5年後の法案見直し-などが追加された。
これにより、文書の作成から廃棄、保存まで一貫したルールができるほか、行政機関の判断で文書を廃棄できなくなる。
一方、民主党が求めた公文書の一元管理を担う「公文書管理庁」や、文書の散逸を防ぐために保存期間終了前に文書を集約する「中間書庫」の設置は、今後の検討課題として残された。
(引用終)
また、朝日新聞に載っていた「公文書管理法案、修正協議での主な追加点」によれば、
・文書の廃棄
首相の同意を義務化。保存の必要があると認める場合は首相が廃棄を差し止める
・文書作成の対象を明記
法令の制定、改廃、その経緯▽閣議、省議の決定、了解、その経緯▽職員の人事に関する事項など
・法律の目的
公文書は民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源で、国民が主体的に利用しうるもの
・研修
省庁、独立行政法人は公文書管理を適正に行うため職員に必要な研修を行う
・付則
法施行後5年をめどに公文書の範囲などを検討。国会、裁判所の文書のあり方も検討
とある。
修正案の要綱は某所からもらっているので、ここに書かれていることは間違いないと思う。(本来なら修正案要綱を全部載せてしまいたいのだが、「案」と書かれているものをもらっているので、確定したものとは違う可能性があるので載せません。)
今回の修正によってかなり前進したことがある。
・第1条の目的についてだが、、「公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであること」と明記されることになった。
「共有財産」という言葉が内閣委では問題になっていたことはすでに記載したが、結局「財産」という言葉は諦めて、実質的な内実を取ったということだと思われる。ここはこれで十分ではないかと思う。
・作成すべき文書の内容については、要項を見ると朝日の記事にあるような点を法案にきちんと書き込むことになるようである。
もちろん、「これ以外の物は作らなくて良い」と思われたら困るが、重要な文書はそれなりに網羅される可能性が高まってきた。あとは運用面でどう改善していくかがカギになると思われる。
・廃棄については、首相の同意が必要となる文面が加わることになった。これで、各省庁が勝手に廃棄することができなくなるので、これは大きい修正だ。
もちろん内閣府や国立公文書館がどこまでチェックできるだけの体制を整えられるかという点も課題にはなるが、少なくとも恣意的な廃棄はこれでかなり無くせることは間違いないと思う。
また、記事にはなっていないが、行政文書は保存満了前のできる限り早い時期に満了後の措置(移管・廃棄)を定めなければならないとの一文も入るようであり、管理体制は間違いなく改善されるであろう。
・研修の充実化も法文に入れられることになった。
これも予算を付けるためにもあったほうが良い条文だったので、入って良かったと思う。
・記事になっていないが、統合・廃止される機関の文書保存についても条文が加わるようである。
過去にさかのぼっては無理だが(国鉄(JR)や電電公社(NTT)など)、今後への対策は取られることになりそうだ。郵政民営化が今後行われる時に、公的機関時代の「公文書」をどう残させるかがこの条文との関係で重要になるかもしれない。
・法施行5年後に法律の見直しを行う事項が入った。これも必要なのでよかった。また、国会や裁判所の文書についても、検討を行うことが附則に入るようである。5年間の猶予の間に、きちんと国会に調査機関を置いて、しっかりと検討してほしいと思う。
さて、この修正案を見ると、たぶんここが限界点なんだろうなと思う。
少なくとも、私が以前から主張している「行政文書の定義の拡大」と「移管廃棄権限を各行政機関に持たせてはならない」という2点については、現状では精一杯の前進がはかられたと思う。
他の部分もかなり良い方向に修正がなされていると感じる。まず及第点はあげられるのではないだろうか。
惜しむらくは、公文書管理庁の設置が見送られたことである。執行機関が弱いということは必ず今後問題になってくるだろう。
あとは中間書庫の問題だが、中央に集中的な中間書庫が置かれるということについては、産経の記事にあるように今後の課題となりそうだが、修正案の要綱には「集中管理の推進」という用語が第6条に加わるようなので、全く進まないということでもないようだ。
さて、今後であるが、付帯決議で何を付けられるかという問題に移ってくるだろう。
これは国会での議論が重要になってくると思われるので、そちらもまた追っていきたい。