愛媛県 「公文書の管理に関する条例(案)」パブコメを考える [2018年公文書管理問題]
加計学園問題において、愛媛県の担当者が作成した「獣医師養成系大学の設置に係る内閣府藤原次長・柳瀬首相秘書官との面談結果について」という文書が朝日新聞にスクープされたのは今年(2018年)4月10日のことです。
これによれば、2015年4月2日に柳瀬唯夫首相秘書官が首相官邸で愛媛県の担当者などと面会し、「首相案件」であると言われたことなどが記載されていました。
https://www.asahi.com/articles/ASL4B5R7XL4BUTIL03H.html
愛媛県の中村時広知事は、その日のうちに記者会見を開き、「その担当職員が出席した会議の口頭説明のための備忘録として書いた文書である」と明言しました。
https://www.pref.ehime.jp/governor/teirei/sonota300410.html
柳瀬氏は、当初は面会した記憶は無いと主張していましたが、後に会ったことは認めました。
さて、中村知事はその翌日の会見で、愛媛県の公文書管理について条例化を検討すると自ら述べ、「速攻でやります」と言い切りました。
https://www.pref.ehime.jp/governor/teirei/kaiken300411.html
そして、5月15日に「「公文書の管理に関する条例(案)」に対する意見の募集について」というパブリックコメントを募集し始めました。
https://www.pref.ehime.jp/comment/30-04-09kankyou/sigakubunsyo.html
これだけを見ると、「中村知事は即断即決でやるな」みたいに見えるでしょう。
ですが、長年、公文書管理問題の分析をしている私から見ると、「小池百合子東京都知事と同じことをしようとしている」ように見えてしまいます。
小池都知事は、豊洲市場問題で公文書がきちんと残っていなかったことを問題視し、公文書管理条例を作ることを目指しました。
そして、2016年7月の都議会選挙に間に合わせるために、急いで条例の骨子だけを出したパブリックコメントを4月に行い、審議をろくにしないままに6月に条例を可決したのです。
この条例が、国の公文書管理法を参考にしたとも思えないレベルの、スカスカなものであったということは、拙著『公文書問題 日本の「闇」の核心』(集英社新書、2018年2月)で論じました。
この時に東京都は、公文書管理条例案を公表せずにパブコメを行い、情報公開請求で案を入手しようとした情報公開クリアリングハウスの請求に対して「不開示」として案を見せませんでした。
「事前公表したら批判が起きる」ことを怖れたとしか思えません。
小池都知事は「条例を作った」という「事実」が欲しかっただけで、公文書管理をきちんとしようということを真剣に考えていなかったと思わざるをえませんでした。
結果的に、東京都は公文書管理条例を作った意味はあまり無かったと言えます。
私が中村知事の行動が小池都知事に被ると思うのは、このパブコメの行い方です。
パブコメでは条例案の概要が書かれています。
以下、全文を引用します。
https://www.pref.ehime.jp/comment/30_5_15shigaku/bunsyokanri.html
1 条例制定の趣旨
・本県においては、文書管理規程等の内部規程に基づき適正に公文書の管理を行っているところですが、現在、国において公文書の管理が問題となっています。
・また、公文書等の管理に関する法律(公文書管理法)では、地方公共団体にも、同法の趣旨にのっとり、文書の適正な管理に必要な施策を策定・実施する努力義務が定められています。
・そうした状況を受け、公文書の管理に関する基本的事項について、議会の議決を経て条例に規定することにより、公文書に対する県民の信頼を高めるとともに、職員の意識向上の契機とし、県民への説明責任の徹底を図るものです。
2 条例に規定する主な内容
(1) 公文書の適正な管理を図り、県政が適正かつ効率的に運営されるようにすることを目的とする予定です。
(2) 知事部局に加え、議会・公営企業・教育委員会なども対象とし、公文書の作成・整理・保存・廃棄などの基本的な事項を規定することとする予定です。
(3) 「公文書」の定義は、国の公文書管理法や本県の情報公開条例を踏まえ、「職員が職務上作成・取得した文書であって、組織的に用いるものとして県が保有しているもの」とする予定です。
(4) 公文書の作成に当たっては、軽微なものである場合を除き、本県における意思決定に至る過程や県の事務・事業の実績を合理的に跡付け、検証することができるようにしなければならないこととする予定です。
(5) 公文書の検索に必要な資料を作成し、県民の利用に供することとする予定です。
(6) 毎年、公文書の管理状況を公表することとする予定です。
(7) 職員に対し、公文書の適正・効果的な管理のために必要な知識・技能の習得・向上のための研修を行うこととする予定です。
以上
・・・これは、何をコメントしろというのですかね。
余りにも漠然としているし、何をしようとしているのか、具体的な所が全く分かりません。
国の公文書管理法をベースにしていることぐらいはわかりますが・・・
愛媛県では条例を作る時にパブコメをしなければならないようなので、6月の定例議会で条例を作るためにやらざるをえないのでしょう。
結局中村知事も「条例を作った」という実績が欲しいだけなのでは?と勘ぐってしまいます。
もちろん、公文書管理条例を作ろうという意欲は私は素晴らしいと思います。
愛媛県の公文書は「愛媛県文書管理規程」によって管理されています(情報公開条例に公文書の定義はある→国と基本的には同じ)。
「規程」ですから、あくまでも知事に対する責任として文書管理はなされています。
「条例」は議会を通しますので、「県民に対する責任」という意義づけに変わります。
それは、非常に意味のあることです。
ただ、条例はできればいいというものではありません。
当然、愛媛県民に対する説明責任がきちんと果たせるようにならなければなりません。
機能させるための仕組みや、予算や人員も必要になります。
しかし、これだけのスピードで条例を作っているということは、これまでの原則を変えないということを基本としていることは間違いありません。
ですが、本当にこれまで愛媛県は、県民に対する説明責任を果たせるような公文書管理ができていたのでしょうか。
私は中村知事の最初の会見から、一つの違和感をずっと持っていました。
それは、朝日がスクープした文書を、「当時この会議に出席した職員が、まさにその口頭報告のために作ったメモというものが、この文書の実態でございまして、この文書というものは保管義務がありませんから、今日の担当部局の調査でも、文書そのものは愛媛県庁内には、この段階では確認できていません」と4月10日の記者会見で説明しているのです。
つまり、この文書を「行政文書」(公文書)だと知事は認めていません。
5月11日の記者会見では、「省庁に配っていたりとか、左上に報告・伺と書かれていたりとか、組織的に用いられたのではないかとみられる部分もあると思うが」という記者からの質問に対し、行政文書ではないことを言い切っています。
私は当初から「報告・伺」と文書の左上に四角で囲って書かれている以上、それは上司に目を通してもらうための文書であり、組織的に共有されている公文書であるはずだと考えていました。
中村知事は「口頭説明用」と話していますが、それならば「報告・伺」と書く理由がありません。
「伺」というのは上司に見せるための表現です。
口頭用であれば、そのような書き方をする必要があるとは思えません。
むしろ文科省から以前に流出した、加計学園関係のいわゆる「怪文書」の方が、上司への口頭説明資料と言われて納得できます。
あの文書には作成者の名前も期日も書いていませんでした。
今回の文書は部署名と日付が入っています。
それは「誰かに見せる」ための文書である証拠です。
どうやら、首相秘書官と会ったときの報告書が、愛媛県では「公文書ではない」し、さらに他の関連する文書も公文書としては存在しないということなのでしょう。
なぜこういうことになっているのかを推測すると、文書管理規程にヒントがあるように思います。
愛媛県の文書管理規程を見ると、第3条の2に「文書システムが導入された課所(以下「文書システム導入課所」という。)における文書事務は、文書システムを利用しなければならない。」と書かれています。
ここでいう「文書システム」は「文書管理・電子決裁システム」のことを指します。
そして、文書の起案などは文書システムを使わなければならないとなっています(第20条)。
ということは、ひょっとすると、愛媛県ではこの「文書システム」を通ったものしか、「組織的に共用」された文書として見なされていないのではないかという疑問が沸いてきます。
そう推測すると、中村知事がこの文書を「公文書では無い」という論理はわかりやすいです。
つまり、文書システムをこの文書は通っていない。だから「公文書では無い」のではないかとの疑いです。
愛媛県の条例の概要案には、「公文書の作成に当たっては、軽微なものである場合を除き、本県における意思決定に至る過程や県の事務・事業の実績を合理的に跡付け、検証することができるようにしなければならないこととする予定」とは書かれているので、公文書管理法に準じた作成義務ができる可能性はあります。
ですが、そもそも今回の文書が公文書にならないという状況では、東京都と同じようなスカスカな条例ができる可能性はありえるような気がしています。
本来ならば、現在の愛媛県の文書管理のあり方をきちんと分析をした上で、県民に対する説明責任を果たすためにどのような条例にしたら良いのかを、有識者会議などを作って議論したり、県民の意見を聞いたりと、より実効性のある条例にどうやってしていくかを考える手続きが必要なのではないでしょうか。
また、もしそれが時間がかかるというのであれば、せめて条例案を提示して、パブリックコメントを行うのが、県民に対する説明責任を果たすというものではないでしょうか。
今回の愛媛県の条例化の動きは、条例化の動き自体は歓迎するものの、本当にきちんとした条例ができるのか、また、条例を機能させるような仕組みが構築されるのかが心配です。
なお、愛媛県は、数少ない「県立の公文書館を持たない県」です。
公文書管理条例が作られていく中で、歴史的な公文書もきちんと残る仕組みができるところまで繋がっていけばいいなとは思っていますが・・・
今後も動きを注視していきたいです。
これによれば、2015年4月2日に柳瀬唯夫首相秘書官が首相官邸で愛媛県の担当者などと面会し、「首相案件」であると言われたことなどが記載されていました。
https://www.asahi.com/articles/ASL4B5R7XL4BUTIL03H.html
愛媛県の中村時広知事は、その日のうちに記者会見を開き、「その担当職員が出席した会議の口頭説明のための備忘録として書いた文書である」と明言しました。
https://www.pref.ehime.jp/governor/teirei/sonota300410.html
柳瀬氏は、当初は面会した記憶は無いと主張していましたが、後に会ったことは認めました。
さて、中村知事はその翌日の会見で、愛媛県の公文書管理について条例化を検討すると自ら述べ、「速攻でやります」と言い切りました。
https://www.pref.ehime.jp/governor/teirei/kaiken300411.html
そして、5月15日に「「公文書の管理に関する条例(案)」に対する意見の募集について」というパブリックコメントを募集し始めました。
https://www.pref.ehime.jp/comment/30-04-09kankyou/sigakubunsyo.html
これだけを見ると、「中村知事は即断即決でやるな」みたいに見えるでしょう。
ですが、長年、公文書管理問題の分析をしている私から見ると、「小池百合子東京都知事と同じことをしようとしている」ように見えてしまいます。
小池都知事は、豊洲市場問題で公文書がきちんと残っていなかったことを問題視し、公文書管理条例を作ることを目指しました。
そして、2016年7月の都議会選挙に間に合わせるために、急いで条例の骨子だけを出したパブリックコメントを4月に行い、審議をろくにしないままに6月に条例を可決したのです。
この条例が、国の公文書管理法を参考にしたとも思えないレベルの、スカスカなものであったということは、拙著『公文書問題 日本の「闇」の核心』(集英社新書、2018年2月)で論じました。
この時に東京都は、公文書管理条例案を公表せずにパブコメを行い、情報公開請求で案を入手しようとした情報公開クリアリングハウスの請求に対して「不開示」として案を見せませんでした。
「事前公表したら批判が起きる」ことを怖れたとしか思えません。
小池都知事は「条例を作った」という「事実」が欲しかっただけで、公文書管理をきちんとしようということを真剣に考えていなかったと思わざるをえませんでした。
結果的に、東京都は公文書管理条例を作った意味はあまり無かったと言えます。
私が中村知事の行動が小池都知事に被ると思うのは、このパブコメの行い方です。
パブコメでは条例案の概要が書かれています。
以下、全文を引用します。
https://www.pref.ehime.jp/comment/30_5_15shigaku/bunsyokanri.html
1 条例制定の趣旨
・本県においては、文書管理規程等の内部規程に基づき適正に公文書の管理を行っているところですが、現在、国において公文書の管理が問題となっています。
・また、公文書等の管理に関する法律(公文書管理法)では、地方公共団体にも、同法の趣旨にのっとり、文書の適正な管理に必要な施策を策定・実施する努力義務が定められています。
・そうした状況を受け、公文書の管理に関する基本的事項について、議会の議決を経て条例に規定することにより、公文書に対する県民の信頼を高めるとともに、職員の意識向上の契機とし、県民への説明責任の徹底を図るものです。
2 条例に規定する主な内容
(1) 公文書の適正な管理を図り、県政が適正かつ効率的に運営されるようにすることを目的とする予定です。
(2) 知事部局に加え、議会・公営企業・教育委員会なども対象とし、公文書の作成・整理・保存・廃棄などの基本的な事項を規定することとする予定です。
(3) 「公文書」の定義は、国の公文書管理法や本県の情報公開条例を踏まえ、「職員が職務上作成・取得した文書であって、組織的に用いるものとして県が保有しているもの」とする予定です。
(4) 公文書の作成に当たっては、軽微なものである場合を除き、本県における意思決定に至る過程や県の事務・事業の実績を合理的に跡付け、検証することができるようにしなければならないこととする予定です。
(5) 公文書の検索に必要な資料を作成し、県民の利用に供することとする予定です。
(6) 毎年、公文書の管理状況を公表することとする予定です。
(7) 職員に対し、公文書の適正・効果的な管理のために必要な知識・技能の習得・向上のための研修を行うこととする予定です。
以上
・・・これは、何をコメントしろというのですかね。
余りにも漠然としているし、何をしようとしているのか、具体的な所が全く分かりません。
国の公文書管理法をベースにしていることぐらいはわかりますが・・・
愛媛県では条例を作る時にパブコメをしなければならないようなので、6月の定例議会で条例を作るためにやらざるをえないのでしょう。
結局中村知事も「条例を作った」という実績が欲しいだけなのでは?と勘ぐってしまいます。
もちろん、公文書管理条例を作ろうという意欲は私は素晴らしいと思います。
愛媛県の公文書は「愛媛県文書管理規程」によって管理されています(情報公開条例に公文書の定義はある→国と基本的には同じ)。
「規程」ですから、あくまでも知事に対する責任として文書管理はなされています。
「条例」は議会を通しますので、「県民に対する責任」という意義づけに変わります。
それは、非常に意味のあることです。
ただ、条例はできればいいというものではありません。
当然、愛媛県民に対する説明責任がきちんと果たせるようにならなければなりません。
機能させるための仕組みや、予算や人員も必要になります。
しかし、これだけのスピードで条例を作っているということは、これまでの原則を変えないということを基本としていることは間違いありません。
ですが、本当にこれまで愛媛県は、県民に対する説明責任を果たせるような公文書管理ができていたのでしょうか。
私は中村知事の最初の会見から、一つの違和感をずっと持っていました。
それは、朝日がスクープした文書を、「当時この会議に出席した職員が、まさにその口頭報告のために作ったメモというものが、この文書の実態でございまして、この文書というものは保管義務がありませんから、今日の担当部局の調査でも、文書そのものは愛媛県庁内には、この段階では確認できていません」と4月10日の記者会見で説明しているのです。
つまり、この文書を「行政文書」(公文書)だと知事は認めていません。
5月11日の記者会見では、「省庁に配っていたりとか、左上に報告・伺と書かれていたりとか、組織的に用いられたのではないかとみられる部分もあると思うが」という記者からの質問に対し、行政文書ではないことを言い切っています。
私は当初から「報告・伺」と文書の左上に四角で囲って書かれている以上、それは上司に目を通してもらうための文書であり、組織的に共有されている公文書であるはずだと考えていました。
中村知事は「口頭説明用」と話していますが、それならば「報告・伺」と書く理由がありません。
「伺」というのは上司に見せるための表現です。
口頭用であれば、そのような書き方をする必要があるとは思えません。
むしろ文科省から以前に流出した、加計学園関係のいわゆる「怪文書」の方が、上司への口頭説明資料と言われて納得できます。
あの文書には作成者の名前も期日も書いていませんでした。
今回の文書は部署名と日付が入っています。
それは「誰かに見せる」ための文書である証拠です。
どうやら、首相秘書官と会ったときの報告書が、愛媛県では「公文書ではない」し、さらに他の関連する文書も公文書としては存在しないということなのでしょう。
なぜこういうことになっているのかを推測すると、文書管理規程にヒントがあるように思います。
愛媛県の文書管理規程を見ると、第3条の2に「文書システムが導入された課所(以下「文書システム導入課所」という。)における文書事務は、文書システムを利用しなければならない。」と書かれています。
ここでいう「文書システム」は「文書管理・電子決裁システム」のことを指します。
そして、文書の起案などは文書システムを使わなければならないとなっています(第20条)。
ということは、ひょっとすると、愛媛県ではこの「文書システム」を通ったものしか、「組織的に共用」された文書として見なされていないのではないかという疑問が沸いてきます。
そう推測すると、中村知事がこの文書を「公文書では無い」という論理はわかりやすいです。
つまり、文書システムをこの文書は通っていない。だから「公文書では無い」のではないかとの疑いです。
愛媛県の条例の概要案には、「公文書の作成に当たっては、軽微なものである場合を除き、本県における意思決定に至る過程や県の事務・事業の実績を合理的に跡付け、検証することができるようにしなければならないこととする予定」とは書かれているので、公文書管理法に準じた作成義務ができる可能性はあります。
ですが、そもそも今回の文書が公文書にならないという状況では、東京都と同じようなスカスカな条例ができる可能性はありえるような気がしています。
本来ならば、現在の愛媛県の文書管理のあり方をきちんと分析をした上で、県民に対する説明責任を果たすためにどのような条例にしたら良いのかを、有識者会議などを作って議論したり、県民の意見を聞いたりと、より実効性のある条例にどうやってしていくかを考える手続きが必要なのではないでしょうか。
また、もしそれが時間がかかるというのであれば、せめて条例案を提示して、パブリックコメントを行うのが、県民に対する説明責任を果たすというものではないでしょうか。
今回の愛媛県の条例化の動きは、条例化の動き自体は歓迎するものの、本当にきちんとした条例ができるのか、また、条例を機能させるような仕組みが構築されるのかが心配です。
なお、愛媛県は、数少ない「県立の公文書館を持たない県」です。
公文書管理条例が作られていく中で、歴史的な公文書もきちんと残る仕組みができるところまで繋がっていけばいいなとは思っていますが・・・
今後も動きを注視していきたいです。
『公文書問題 日本の「闇」の核心』刊行 [2018年公文書管理問題]
2018年2月16日に、拙著『公文書管理問題 日本の「闇」の核心』が集英社新書から発売されます。
『時の法令』の2016年4月から2017年12月までに月一回(下旬号)連載されたものを、口語体にして情報を更新したものです。
この本の出版を集英社から持ちかけられたのは、昨年7月のことです。
久保亨先生と出した『国家と秘密 隠される公文書』が増版されたので、そのお祝いに飲んだときに、編集の方に依頼をされました。
この本を出したのは2014年10月で、特定秘密保護法の施行を間近に踏まえた時でした。
ただ、編集の方からは、この本を更新するものを出したいという話はちらちらとされてはいました。
それで、連載を本にするということになり、『時の法令』の編集をしている雅粒社の方にも許可をいただき、出版することになりました。
書き下ろしとなると時間が取れなかったですが、連載をしていると自然と原稿が溜まっていくのだなというのが発見でした。
現在では、以前は繁雑に更新していたこのブログの代わりに、『時の法令』で連載をしているという状況になっており、その時々の備忘録としての役割を連載が担っていました。
『時の法令』の連載は来年度も続くことが決定しています。
こちらも合わせてよろしく御願いします。
公文書管理については、注目されないぐらい上手くいっていることが理想ではあります。
ただ、現状はまだまだ道半ばであり、問題点を広く知らせる本には社会的な意味があるのではないかと思います。
公文書管理問題は、民主主義の運用に関わる問題です。
少しでもこの問題に関心を持ってくれる方が増えてくださると著者冥利に尽きます。
内容紹介
◆推薦◆
青木理氏(ジャーナリスト)
「私たちは無知に追いやられていないか。
無知に追いやられ、都合よく支配されようとしていないか。
本書で著者が書く通り、
これは〈民主主義のあり方自体の問題〉なのである」
望月衣塑子氏(東京新聞記者)
「時の権力者への検証と、
歴史の過ちを繰り返させないためには、
公文書が不可欠なツールであることを
本書は教えてくれる」
◆内容◆
海外に派遣された自衛隊員の現地での活動記録や豊洲市場、森友、加計学園等をめぐる巨額の税金の使途、国是の大転換を伴う決定のプロセスが記された公文書が相次いで破棄、あるいは未作成とされ、隠蔽される事態が行政の中枢で常態化しています。
公文書を軽んじ、秘密が横行することは国民の「知る権利」を著しく傷つけるものです。本来公文書は、適切な施政が行われたのであれば、それを証明する記録となります。にもかかわらず、公的な情報を隠し続けて責任を曖昧にする理由は何でしょうか。この「無責任の体系」の背後にある情報公開と公文書管理体制の不備とその弊害を、最新情報を交え、第一人者が明快に解説します。
◆目次◆
はじめに 行ったことの検証を疎かにすることは、同じ過ちをくり返すこと
◆第一部 情報公開と公文書管理はなぜ重要か
第一章 記録を作らない「法の番人」
第二章 情報公開がなぜ必要か
第三章 公文書を残さなければ国益を損なう――TPP文書 外交文書公開をめぐる議論
第四章 外交文書を公開する意義
◆第二部 特定秘密という公共の情報を考える
第五章 特定秘密の運用上の問題
第六章 会計検査院と特定秘密
第七章 特定秘密をどう監視するか
◆第三部 公文書管理は日本の諸問題の核心
第八章 豊洲市場問題からみる公文書管理条例の必要性
第九章 南スーダンPKO文書公開問題
第一〇章 特別防衛秘密の闇
第一一章 森友学園関係公文書廃棄問題
第一二章 「私的メモ」と行政文書
◆第四部 展望:公文書と日本人
第一三章 国立公文書館の新館建設問題
第一四章 公文書館と家系調査
第一五章 立法文書の保存と公開
第一六章 東京都公文書管理条例の制定
第一七章 公文書管理法改正を考える
第一八章 公文書の正確性とは何か?
おわりに
『時の法令』の2016年4月から2017年12月までに月一回(下旬号)連載されたものを、口語体にして情報を更新したものです。
この本の出版を集英社から持ちかけられたのは、昨年7月のことです。
久保亨先生と出した『国家と秘密 隠される公文書』が増版されたので、そのお祝いに飲んだときに、編集の方に依頼をされました。
この本を出したのは2014年10月で、特定秘密保護法の施行を間近に踏まえた時でした。
ただ、編集の方からは、この本を更新するものを出したいという話はちらちらとされてはいました。
それで、連載を本にするということになり、『時の法令』の編集をしている雅粒社の方にも許可をいただき、出版することになりました。
書き下ろしとなると時間が取れなかったですが、連載をしていると自然と原稿が溜まっていくのだなというのが発見でした。
現在では、以前は繁雑に更新していたこのブログの代わりに、『時の法令』で連載をしているという状況になっており、その時々の備忘録としての役割を連載が担っていました。
『時の法令』の連載は来年度も続くことが決定しています。
こちらも合わせてよろしく御願いします。
公文書管理については、注目されないぐらい上手くいっていることが理想ではあります。
ただ、現状はまだまだ道半ばであり、問題点を広く知らせる本には社会的な意味があるのではないかと思います。
公文書管理問題は、民主主義の運用に関わる問題です。
少しでもこの問題に関心を持ってくれる方が増えてくださると著者冥利に尽きます。
内容紹介
◆推薦◆
青木理氏(ジャーナリスト)
「私たちは無知に追いやられていないか。
無知に追いやられ、都合よく支配されようとしていないか。
本書で著者が書く通り、
これは〈民主主義のあり方自体の問題〉なのである」
望月衣塑子氏(東京新聞記者)
「時の権力者への検証と、
歴史の過ちを繰り返させないためには、
公文書が不可欠なツールであることを
本書は教えてくれる」
◆内容◆
海外に派遣された自衛隊員の現地での活動記録や豊洲市場、森友、加計学園等をめぐる巨額の税金の使途、国是の大転換を伴う決定のプロセスが記された公文書が相次いで破棄、あるいは未作成とされ、隠蔽される事態が行政の中枢で常態化しています。
公文書を軽んじ、秘密が横行することは国民の「知る権利」を著しく傷つけるものです。本来公文書は、適切な施政が行われたのであれば、それを証明する記録となります。にもかかわらず、公的な情報を隠し続けて責任を曖昧にする理由は何でしょうか。この「無責任の体系」の背後にある情報公開と公文書管理体制の不備とその弊害を、最新情報を交え、第一人者が明快に解説します。
◆目次◆
はじめに 行ったことの検証を疎かにすることは、同じ過ちをくり返すこと
◆第一部 情報公開と公文書管理はなぜ重要か
第一章 記録を作らない「法の番人」
第二章 情報公開がなぜ必要か
第三章 公文書を残さなければ国益を損なう――TPP文書 外交文書公開をめぐる議論
第四章 外交文書を公開する意義
◆第二部 特定秘密という公共の情報を考える
第五章 特定秘密の運用上の問題
第六章 会計検査院と特定秘密
第七章 特定秘密をどう監視するか
◆第三部 公文書管理は日本の諸問題の核心
第八章 豊洲市場問題からみる公文書管理条例の必要性
第九章 南スーダンPKO文書公開問題
第一〇章 特別防衛秘密の闇
第一一章 森友学園関係公文書廃棄問題
第一二章 「私的メモ」と行政文書
◆第四部 展望:公文書と日本人
第一三章 国立公文書館の新館建設問題
第一四章 公文書館と家系調査
第一五章 立法文書の保存と公開
第一六章 東京都公文書管理条例の制定
第一七章 公文書管理法改正を考える
第一八章 公文書の正確性とは何か?
おわりに