【連載】公文書管理法成立後の課題―第8回(最終回) 歴史学的素養と行政法的素養 [【連載】公文書管理法成立後の課題]
公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養←今回(最終回)
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
公文書管理法が施行されて最も必要となるのは、文書管理を専門的に行うことのできる人材である。
現役文書の管理を担当するレコードマネージャーについては、私はあまりよくわからないのでそちらについては今回は論じない。
私は歴史研究者なので、今回はアーキビストの育成についての話を書いてみたい。ただ、私はアーカイブズ学の知識は素人レベルなので、そこは多少は差し引いて読んでいただきたい。
別に根拠となるデータがあるわけではないが、現在、公文書館で働いている方は「行政職(公務員)」「図書館情報学」「歴史学(日本近世史・明治史)」という3つからの出身者が圧倒的に多いのではないか。
つまり、実際に公務員として働いていて公文書館勤務になった人、情報学で整理やシステムなどを学んで入ってきた人、歴史学で資料を使うところから入っていった人、ということである。
もちろん、色々な分野からアーカイブズに入ってくることは良いことなのだが、やや気になる点はいくつかある。
まず一つめは「歴史学的素養」についてである。
やや抽象的な話ではあるのだが、どの資料を残すかという判断基準は、50年100年といった先まで考えなければならない。
以前、官僚にとって重要な文書と歴史研究者にとって重要な文書は異なるという話を書いたことがあるが、現在のことにしか関心がない人と過去に関心がある人とでは選別の基準がずれてくる。
そのため、是非とも歴史学的素養はきちんと育てておかなければならないと思う。
特に、図書館情報学といったシステム系の方達への歴史教育は必要不可欠である。システム設計の際に、歴史的に重要な文書が作られ、残されるようになっていなければ、結局「整理だけうまくいきました」みたいな話になりかねない。
もし、今後アーカイブズ研究科のようなものが図書館情報学科に併設されるような所が出てくるのであれば、是非ともこのあたりには配慮が必要だと思われる。
だが、この歴史学的素養が史学科で育てられているのかというと、そこではまたもう一つの別の問題が現れてくる。
それは「現代史教育」の問題である。
残念ながら大学の史学科(特に日本史)における研究(教育)対象となる時代は、一番現在に近くて昭和戦前期というところがほとんどである。
ちなみに、アーカイブズ学の大学院を作った学習院大学文学部史学科は、もっとも近代の日本史の教員は明治維新史が専門であり、それ以後を教えられる常勤の教員は存在しない。(助手に明治後期あたりを専門にされている方はおられる。)
学習院だけを責めているように見えてしまって申し訳ないが、アーカイブズに関心のある学習院ですらこのような現状であるということで例に挙げさせていただいた。
だが、実は近世史や明治初期あたりの歴史学と、その後の歴史学では、扱う資料が質量共に大きく変わってくるのだ。
近世や明治初期あたりならば、資料は間違いなく「紙」であり、資料の種類もある程度類型可能である。(だからこそ、近世史で資料整理論が最も進んだのではと思われる。)
しかしその後になってくると、メディアの多様化が始まるため、多種多様な新聞や雑誌が現れ、ラジオや映画といった音声や映像といった資料が現れてくる。
現在では、テレビそしてインターネットといったものもある。文書も手書きからタイプライター、そしてワープロやパソコンといった電子文書へと変わっていく。
また、生活綴方などが盛んになると、個人が書いた作文とか日記とかが現れるようになるし、社会主義などの影響から労組のビラやポスターといった類のさまざまな資料が現れる。
いったい、どこまでを「資料」として見て良いのかわからないというのが「現代史」の特徴でもある。そこに困難もあるし面白さもあるのだが。
こうなると、ただ明治あたりまでの歴史学を学んでいれば、アーカイブズに必要な歴史学的な素養が身に付くかと言われると、そうではないと言えると思う。
これからの公文書館に移管されてくる文書のほとんどは、戦後史にあたる部分の資料であろう。
その意味では、アーキビストを育てようとするのであれば、現代史教育をしっかりと史学科でも行う必要があるのではないだろうか。
なお、別に近世の文書を扱う文書館に勤めるから、そんな教育はいらないよと思う人もいるかもしれない。
でも、そういった文書館でも、展示を行うときは、現代的な関心からテーマを組み立てるといったことを行うはずである。
そうしなければ、現在に生きる我々に関心のある展示などを行うことは不可能であろう。
是非とも、アーキビスト養成を視野に入れている史学科において現代史教育の重要性を再認識してほしいと願っている。
もう一点気になるのは「行政法的素養」である。
歴史学ではもちろんなのだが、図書館情報学やアーカイブズ学でも、「行政法」をきちんと教えているのだろうか?
日本は「法治国家」である。
もちろん、みなさん学校で習ったはずである。
でも言葉は知っているが実態としてよくわからないというのが、この言葉ではないだろうか。
行政というのはこの「法」に全て基づいて動いている。
公務員は「国家公務員法」や「地方公務員法」などで身分が決まっており、組織の定員から給与体系まで法律によって決まっている。
そして彼らの仕事もすべて「法」に則って動いている。
公文書館も普通は公立であるから、この「法」(条例)に則って動いている。
つまり、資料を公開するか否かといったことも、またこの「法」で決まっているということである。
ということは、公文書館に勤務するアーキビストも、当然この「法」の下で働くことになるのである。
だが、今、公文書館に勤務されている方も、正直どこまで「行政法」を理解しているのかという点については、やや疑いを持たざるをえない。
特に行政法の中で重要なものは、「個人情報保護法」である。
この「個人情報保護法」ができてから、各地の公文書館で非公開文書がものすごい勢いで増えたと言われている。
ただ、例えば行政機関で保有する情報についての個人情報保護法は、死んだ人には適用されない。(第2条第2項)
また、個人の情報だとしても「当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」という限定が付けられていて、のべつまくなく個人が関係するから不開示というものではない。
だが実際には、本来ならば隠さなくて良い資料まで「個人情報」として隠されている。これは明らかに行政法の知識が不足しているからである。
それは、公文書館側もそうだし、利用者側も同様である。
でも、こういった判断を覆すのはなかなかに骨が折れることは確かだ。
私が情報公開に長年関わってわかったことに、「行政判断を崩すには行政法の知識で戦わないと勝てない」ということがあった。つまり、「解釈論」(相手の解釈が間違っている)で争うということである。
また、もし解釈で争いようがない場合は、法改正を訴えるかという話になっていく。
でも、日本が法治国家である以上、こういった法律のレベルで議論ができないといけないのだ。
第5回で「もっと公文書館は個人情報であっても、「公益性」を重視して公開すべきだ」といったことを書いたが、それをするためにも「行政法」の知識は不可欠である。
開示を要求する方も、不開示を判断する方も、双方が行政法の知識をしっかりと持ち、感情論での「出す出さない」ではなく、法的にこれは出すべきかどうかといった争いをするべきである。そうすることで、基準の「客観性」は保たれるのである。
だからこそ、公文書館に勤務する人もそれを利用する人も、行政法の知識はきちんと学ばなければならないと思う。
例として個人情報保護法を出してしまったが、もちろん情報公開法や公文書管理法も「行政法」である。
是非とも、アーカイブズに携わる学問領域における「行政法教育」ということは、強く意識されてよいことだと思う。
ちなみに、なぜ「素養」という言葉を使ったのかについてだが、「知識」だけではなく、歴史的、行政法的な「感覚」が必要という意味で使ったのである。
他に良い言葉があれば置き換えるかもしれません。
なお余談だが、歴史学では個人情報を扱う機会が非常に多い。個人の家に所蔵されている資料を扱うことも多いだろう。その際に個人情報保護法の知識があるかどうかは、その資料の開示を促す際に必ず有効だと思う。是非とも勉強していただけたらと思う。
以上で全8回にわたる連載は終了です。
今回の法律に関連して言いたいことは、ほとんど言い切ったような気がします。
暴論の類もたくさんありましたが、そこは「一つの意見」として受け取っていただければと思います。
このようなまとまった長期連載はしばらくやらないと思います。思いついたことや見聞きしたことがあれば、取り上げていきたいとは思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養←今回(最終回)
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
公文書管理法が施行されて最も必要となるのは、文書管理を専門的に行うことのできる人材である。
現役文書の管理を担当するレコードマネージャーについては、私はあまりよくわからないのでそちらについては今回は論じない。
私は歴史研究者なので、今回はアーキビストの育成についての話を書いてみたい。ただ、私はアーカイブズ学の知識は素人レベルなので、そこは多少は差し引いて読んでいただきたい。
別に根拠となるデータがあるわけではないが、現在、公文書館で働いている方は「行政職(公務員)」「図書館情報学」「歴史学(日本近世史・明治史)」という3つからの出身者が圧倒的に多いのではないか。
つまり、実際に公務員として働いていて公文書館勤務になった人、情報学で整理やシステムなどを学んで入ってきた人、歴史学で資料を使うところから入っていった人、ということである。
もちろん、色々な分野からアーカイブズに入ってくることは良いことなのだが、やや気になる点はいくつかある。
まず一つめは「歴史学的素養」についてである。
やや抽象的な話ではあるのだが、どの資料を残すかという判断基準は、50年100年といった先まで考えなければならない。
以前、官僚にとって重要な文書と歴史研究者にとって重要な文書は異なるという話を書いたことがあるが、現在のことにしか関心がない人と過去に関心がある人とでは選別の基準がずれてくる。
そのため、是非とも歴史学的素養はきちんと育てておかなければならないと思う。
特に、図書館情報学といったシステム系の方達への歴史教育は必要不可欠である。システム設計の際に、歴史的に重要な文書が作られ、残されるようになっていなければ、結局「整理だけうまくいきました」みたいな話になりかねない。
もし、今後アーカイブズ研究科のようなものが図書館情報学科に併設されるような所が出てくるのであれば、是非ともこのあたりには配慮が必要だと思われる。
だが、この歴史学的素養が史学科で育てられているのかというと、そこではまたもう一つの別の問題が現れてくる。
それは「現代史教育」の問題である。
残念ながら大学の史学科(特に日本史)における研究(教育)対象となる時代は、一番現在に近くて昭和戦前期というところがほとんどである。
ちなみに、アーカイブズ学の大学院を作った学習院大学文学部史学科は、もっとも近代の日本史の教員は明治維新史が専門であり、それ以後を教えられる常勤の教員は存在しない。(助手に明治後期あたりを専門にされている方はおられる。)
学習院だけを責めているように見えてしまって申し訳ないが、アーカイブズに関心のある学習院ですらこのような現状であるということで例に挙げさせていただいた。
だが、実は近世史や明治初期あたりの歴史学と、その後の歴史学では、扱う資料が質量共に大きく変わってくるのだ。
近世や明治初期あたりならば、資料は間違いなく「紙」であり、資料の種類もある程度類型可能である。(だからこそ、近世史で資料整理論が最も進んだのではと思われる。)
しかしその後になってくると、メディアの多様化が始まるため、多種多様な新聞や雑誌が現れ、ラジオや映画といった音声や映像といった資料が現れてくる。
現在では、テレビそしてインターネットといったものもある。文書も手書きからタイプライター、そしてワープロやパソコンといった電子文書へと変わっていく。
また、生活綴方などが盛んになると、個人が書いた作文とか日記とかが現れるようになるし、社会主義などの影響から労組のビラやポスターといった類のさまざまな資料が現れる。
いったい、どこまでを「資料」として見て良いのかわからないというのが「現代史」の特徴でもある。そこに困難もあるし面白さもあるのだが。
こうなると、ただ明治あたりまでの歴史学を学んでいれば、アーカイブズに必要な歴史学的な素養が身に付くかと言われると、そうではないと言えると思う。
これからの公文書館に移管されてくる文書のほとんどは、戦後史にあたる部分の資料であろう。
その意味では、アーキビストを育てようとするのであれば、現代史教育をしっかりと史学科でも行う必要があるのではないだろうか。
なお、別に近世の文書を扱う文書館に勤めるから、そんな教育はいらないよと思う人もいるかもしれない。
でも、そういった文書館でも、展示を行うときは、現代的な関心からテーマを組み立てるといったことを行うはずである。
そうしなければ、現在に生きる我々に関心のある展示などを行うことは不可能であろう。
是非とも、アーキビスト養成を視野に入れている史学科において現代史教育の重要性を再認識してほしいと願っている。
もう一点気になるのは「行政法的素養」である。
歴史学ではもちろんなのだが、図書館情報学やアーカイブズ学でも、「行政法」をきちんと教えているのだろうか?
日本は「法治国家」である。
もちろん、みなさん学校で習ったはずである。
でも言葉は知っているが実態としてよくわからないというのが、この言葉ではないだろうか。
行政というのはこの「法」に全て基づいて動いている。
公務員は「国家公務員法」や「地方公務員法」などで身分が決まっており、組織の定員から給与体系まで法律によって決まっている。
そして彼らの仕事もすべて「法」に則って動いている。
公文書館も普通は公立であるから、この「法」(条例)に則って動いている。
つまり、資料を公開するか否かといったことも、またこの「法」で決まっているということである。
ということは、公文書館に勤務するアーキビストも、当然この「法」の下で働くことになるのである。
だが、今、公文書館に勤務されている方も、正直どこまで「行政法」を理解しているのかという点については、やや疑いを持たざるをえない。
特に行政法の中で重要なものは、「個人情報保護法」である。
この「個人情報保護法」ができてから、各地の公文書館で非公開文書がものすごい勢いで増えたと言われている。
ただ、例えば行政機関で保有する情報についての個人情報保護法は、死んだ人には適用されない。(第2条第2項)
また、個人の情報だとしても「当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」という限定が付けられていて、のべつまくなく個人が関係するから不開示というものではない。
だが実際には、本来ならば隠さなくて良い資料まで「個人情報」として隠されている。これは明らかに行政法の知識が不足しているからである。
それは、公文書館側もそうだし、利用者側も同様である。
でも、こういった判断を覆すのはなかなかに骨が折れることは確かだ。
私が情報公開に長年関わってわかったことに、「行政判断を崩すには行政法の知識で戦わないと勝てない」ということがあった。つまり、「解釈論」(相手の解釈が間違っている)で争うということである。
また、もし解釈で争いようがない場合は、法改正を訴えるかという話になっていく。
でも、日本が法治国家である以上、こういった法律のレベルで議論ができないといけないのだ。
第5回で「もっと公文書館は個人情報であっても、「公益性」を重視して公開すべきだ」といったことを書いたが、それをするためにも「行政法」の知識は不可欠である。
開示を要求する方も、不開示を判断する方も、双方が行政法の知識をしっかりと持ち、感情論での「出す出さない」ではなく、法的にこれは出すべきかどうかといった争いをするべきである。そうすることで、基準の「客観性」は保たれるのである。
だからこそ、公文書館に勤務する人もそれを利用する人も、行政法の知識はきちんと学ばなければならないと思う。
例として個人情報保護法を出してしまったが、もちろん情報公開法や公文書管理法も「行政法」である。
是非とも、アーカイブズに携わる学問領域における「行政法教育」ということは、強く意識されてよいことだと思う。
ちなみに、なぜ「素養」という言葉を使ったのかについてだが、「知識」だけではなく、歴史的、行政法的な「感覚」が必要という意味で使ったのである。
他に良い言葉があれば置き換えるかもしれません。
なお余談だが、歴史学では個人情報を扱う機会が非常に多い。個人の家に所蔵されている資料を扱うことも多いだろう。その際に個人情報保護法の知識があるかどうかは、その資料の開示を促す際に必ず有効だと思う。是非とも勉強していただけたらと思う。
以上で全8回にわたる連載は終了です。
今回の法律に関連して言いたいことは、ほとんど言い切ったような気がします。
暴論の類もたくさんありましたが、そこは「一つの意見」として受け取っていただければと思います。
このようなまとまった長期連載はしばらくやらないと思います。思いついたことや見聞きしたことがあれば、取り上げていきたいとは思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
【連載】公文書管理法成立後の課題―第7回 地方公文書館設立運動の推進 [【連載】公文書管理法成立後の課題]
公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進←今回
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第7回 地方公文書館設立運動の推進
今回の話は、これまでとかわって、あまり精密に詰めた話をするつもりがありません。
思いついたことをまとめずに書きます。
何か少しでもヒントになるようなことがあればよいなと思います。
以前、第2回公文書管理フォーラムで、富田健司さん(栃木県芳賀町総合情報館)に地方公文書館の話をしていただいた。その時のことについて、ブログでも記事を書いたことがある。
現在の地方公文書館の設置状況は、
都道府県 30館(47都道府県)
政令指定都市 7館(15市)
市区町村 16館(約1800市町村)
である。→公文書有識者会議の資料に2008年4月現在の設置状況の地図あり
つまり、都道府県レベルでも、まだ公文書館が存在しない県が17県も存在している。
今回の公文書管理法には、第34条に次の文面が入った。
(地方公共団体の文書管理)
第34条
地方公共団体は、この法律の趣旨にのっとり、その保有する文書の適正な管理に関して必要な施策を策定し、及びこれを実施するよう努めなければならない。
この文章は、もちろん「努力規定」ではある。であるが、こういった条文が入ったことで、「公文書館の設立を!」と言う法的な根拠ができたことは間違いない。
そこで、是非とも各地の公文書館がない自治体にお住まいの方達に公文書館設立運動を推進してほしいと願っている。
私は歴史研究者なので、特に地方在住の歴史研究者に呼びかけてみたい。
まず、地方に公文書館を作るための根拠が必要である。
そのためには、「歴史研究のためだけに作る」というような研究者エゴ的な根拠では、一般市民や議員達に理解を得られないことは肝に銘じた方がよいと思う。
そこで、例えば、次のような点を考慮して、根拠を作ってみたらどうかと思う。
1.公文書館を作ることは、行政の効率化とつながっている。また、市民への説明責任を果たすためにも文書を管理し、保存し、公開することが有用であるといった、「現在の行政に意味がある」という視点を組みこむこと。特に、公文書管理法の地方版にあたる「公文書管理条例」の制定についてはきちんと強調するべき。
2.公文書館はその自治体の「歴史」を保管するところであるということをアピールし、郷土ナショナリズムを利用した視点を組みこむこと(ただし、やりすぎると、地域に不利なものは捨てかねないので注意は必要)。
特に、ただの「歴史文化施設」という博物館や美術館のような捉えられ方をすると、「この自治体財政厳しい中で・・・」という理由で絶対に容認されない。現に、岐阜県歴史資料館は「行政改革」と称して潰されかかっている。
そのため、いかに現在の行政に有用であるかという視点は必要不可欠である。
また、公文書館関係者の方は、公文書館は図書館などとは全く別の概念で作られているから、別に施設が作られるべきだと主張する人も多いが、私はそのあたりは「まず設置されることが重要」という観点から、あまり強硬に別施設を作れと言うべきではないと思う。
以前から指摘しているが、結局公文書館を動かすのは「カネ」と「人」である。
箱モノを作るのにお金をかけすぎてしまって、その後お金が来ないとか、ろくに人材を雇わずに放置されれば、結局ただの「倉庫」になりはててしまう。
とりあえずは、廃校になった学校の校舎とか、図書館併設とか、どういった形でも良いから、まずは公文書館を作る。そしてそこにきちんと整理できる人を配置することを第一に求めた方がよい。
一度できれば、その後に有用性をアピールすることも可能になる。まずは作られなければ、理解も深まらないと思う。
そして、こういった運動を起こすためには、是非とも既存の地方公文書館関係者の力が必要である。
歴史研究者だとしても、アーカイブズとは何かという所から説明が必要な人はいっぱいいる。歴史研究者ではない一般の方ならなおさらである。
そういう方達への啓蒙活動は、既存館で働いている方達の経験と知恵が必要である。
そこで、各地方にある歴史研究者の研究会(学会)に、是非とも呼びかけたいことがある。
まず、自分の隣県にある公文書館の担当者を研究会に呼び、自分たちがどのような要求を掲げて運動を行わなければならないかという、具体的な方針についての勉強会を行ってみたらどうだろうか。
またその際には、地方公文書館の方は「自分は公務員だからあまり思い切ったことは・・・」として自重するのは止めてほしいと思う。
むしろ自分たちの置かれている待遇を改善するためにも、各地に公文書館の設置を呼びかけるのは重要である。
各地に公文書館が置かれ、その重要性が認識されることは、回り回って自分の所に還元があるはずである。
そして、自分たちの公文書館で、上から何か問題を押しつけられるようなことが起きたのであれば、地元の歴史研究者などに働きかけて反対運動を作ってもらうなどの、もっと政治的な動きを裏から行うべきである。
公文書館で実際に現場で苦労している方が、色々な「悩み」を「外部」にきちんと発信していかなければ、結局は状況の改善にはつながらないのである。
公文書館の人達が、どれだけひどい待遇で苦労して働いているかは、思ったほど知られているわけではない。特に非常勤職員への依存度が高い。
そういう所で働いている方は、私と同世代(+α)の「高学歴ワーキングプア」予備軍(正規軍!?)の人達が非常に多い。
もちろん歴史研究者等、利用者の側の鈍感さを責めることはできようが、それよりも公文書館員の側も、もっと自分たちの置かれている状況について、外部に理解者を増やさなければならないと思う。
もちろんそういう働きかけを受けた研究者は、往々にして地位は安定している方が多いのだから、公文書館の苦境に対してなんらかの支援をしなければならないのは言うまでもない。
地方公文書館は第一義的にはあくまでもその地方の住民のためにあるべきものである。
それは、中央の学会が設立を呼びかける音頭を取るというものではない。地元の学会や住民が声を挙げることが必要である。
そしてその上で、要望書などを出すときには、中央の学会にも賛同を呼びかけるといったことをして、全国からも設立の要望があるということをアピールしたらどうかと思う。
私が歴史学研究会の会務幹事(現場監督みたいなもの)をしていたときには、時折、地方の学会から色々な問題の賛同署名を求める要望が届いており、基本的には名前を連ねることに協力していた。
どの学会も、要望書の内容がしっかりしていれば、署名を重ねてくれることは多い。ダメ元でも色々な学会に手紙を送って協力を要請してみると良いと思う。
なお、こういった要望書を提出するときは、議会の請願手続きを取るといった公式ルートを使うことや、首長に直接会って手渡すなどの「実現に向けてのあらゆる手段」を使うべきである。
ただ「送りつけて終わり」というのは、実効性が弱いし、相手の心には届かない。会いに行くか否かは本気度のバロメータと取られるのではないかと思う。できれば会いに行くときには、新聞記者を同席させるなどして広報活動も兼ねると良いと思う。
なお、こういった「政治に近づく」ことそのものを嫌がる研究者は非常に多い。だが、これは「一市民」として、「一有権者」としての行動であると認識するべきである。
「政治に取り込まれる」のではなく、「政治を利用する」ぐらいの意気込みは、何かを実現するときには必要な意気込みだと思う。
また、今回の公文書管理法での色々な活動を通してわかったことだが、こういった公文書館設立運動には二種類の専門家との連絡が不可欠である。
一つは行政法学者。
二つめは、情報公開を通して行政監視を行ってきた人達、
である。
前者は、具体的な要望を作り上げるときに必要な人材である。行政というのは結局は「法」によって生きている。
その事情がわかった上で、歴史研究者としての要望を盛り込んでいかないと、結局非現実的な要望を言っているだけで、なんら影響を与えることはできない。
後者については、公文書管理の重要性について、一番知っている住民だからである。こういった人達と連携することが、一般の人達に公文書館の重要性を知ってもらうには不可欠である。
そして、この連携は、公文書館の充実化にも必ずつながる。
なぜなら、残念ではあるが行政法学者や情報公開の市民団体の人達は、現役の行政文書の扱いに興味が集中する傾向がある。公文書館に移管されてくるような歴史公文書については、よくわかっていない方がほとんどである。
そういった方達に、歴史公文書の重要性をアピールして理解を増してもらうことは歴史研究者の仕事であると思う。
なお、公文書館を作るには、結局は「政治の力」が必要である。特に、地方では多数を占めることの多い保守系の首長や議員達を動かす必要がある。
どうしても、「説明責任」という言葉が使われると、とたんに自分の政治資金問題などを追及するのか、といったような非常にアナクロ的な反応をされることがあるように思う。
でも、公文書管理問題はそういった話ではない。むしろ、その地域の歴史を残すためにも必要不可欠なものでもあるはずである。だから、説得の仕方に気をつければ、保守系の政治家でも十分に話は通じるはずである。
特に、「政治家への説明」ということはもっと考えられて良いと思う。なぜなら、政治家は多種にわたる活動を行っており、よほど関心がない限りは、自分から「公文書館」について関心を持って調べてくれる人などいないからである。
むしろ、こちらから耳学問的に色々なことを説明しに行くことが不可欠であると思う。実際の議会での質問文ぐらい作るといったことは言っても良いと思う。
政治家は普通「有権者」の発言を無下にはできない。できれば、その政治家の選挙区の住民を先頭に立てて、話をしに行ったらどうだろうか。政策秘書レベルなら必ず会ってくれると思う。
最後に、「広報戦略」はきちんと考えて行った方がよいと思う。
インターネットでの情報発信や、地元の新聞記者などを巻き込んで記事を書いてもらうといった啓発活動が必要である。
政治家と会って話をしたというレベルのことだって、どのようなことを話したのかということを、ブログなどでしっかり発信していくことが必要である。
残念だが、歴史学の中央組織である日本歴史学協会を初めとして、歴史学系の学会はこういった広報活動を苦手とする傾向があると思う。
それはひとえに歴史研究者は「コンピューターの扱いがダメな人の集団」だという所もあるのだが(未だにパワーポイントがほとんど使われない学会というのも珍しいだろう)、そのようなことを言っている場合ではないと思う。
自分たちの意見を通したいのであれば、それを支持してくれる人を増やすしかない。増やすには広報戦略は必要不可欠である。
広報をろくにしないで、「要望書を出しました」「政治家と話してきました」ということを内部の人だけがわかっているようなことは、はっきりいって政治的には何の役にも立ちはしない。
農協みたいな巨大組織でもバックに付いているならそれでも良いのだろうが、そういう組織のついていない歴史学やアーカイブズ関係の人は、一般の人達を味方につけるしかないのだ。
最近のワーキングプアを支援する団体などを見ていると、こういった「広報活動」にかなり力を入れているなということがわかる。
彼らはバックに農協みたいな巨大な組織は存在していない。だからこそ、マスコミなどを利用した広報を行い、問題をここまで可視化させることに成功したのではと思う。
こういった努力が、公文書館設置問題にも必要なことだと思う。
なお、なぜここまで「政治的な動きの重要性」を強調するのかには理由がある。
今回の公文書管理法に関して、公文書市民ネットの他のメンバーの活動を見ていて、それを強く感じたからである。
ある方は、自分で資料を作って内閣委員会に所属する議員の部屋に行っては資料を配り歩いていた。
ある組織は、自分たちの意見を反映させるために、議員にアポを取って説明をしに行っていた。
また、国会での参考人として関係者を推薦するといったようなことをされていた人もいた。(実際に呼ばれていた。)
そして、ある政党につながりの強い方は、「何か国会で質問して欲しいことがあれば渡すよ」と言ってくださり、実際に私が渡した意見書からいくつかの項目を国会で質問してくださった。
これらは、私には非常にカルチャーショックの大きい出来事だった。
学者の世界だけで生きてきた私にとって、政治を動かすために自分の力をフルに活用している人達がいるという事実だけで、圧倒されるものがあった。
もちろん彼らが政治を動かしているわけではない。最終的には議員の手腕にかかっている。
でも、議員達に問題を認識させ、理解させること、そして政策をよりよい方向へと引っ張ろうとする努力の重要性は今回強く認識させられた。
だから、「政治的な動きの重要性」について強調しているのである。
さて、以上であるが、「状況もわからずに好き勝手に言いやがって」と思っている方も多いと思う。もちろん、私は現場や地方のことをあまりわかっていないことは承知の上である。
でもそういう読みをするのではなく、「この部分は使えるかも?」みたいな断片的な読み方をしてほしい。少なくとも「100%空想で無理」みたいな話をしてはいないと思っている。
もし、「こういったところは良いと思う」「ここはおかしいのでは?」「これはどういう意味?」みたいな意見などあれば、コメント欄に書き込んでいただければと思います。必ずご返答いたします。
また、ここまで書いた以上、自分にできることがあれば、いくらでも協力・相談には応じます。
ただ、私は安定した職についている者ではなく、「高学歴ワーキングプア」予備軍であるということは御配慮のほどを願えたらと思います。
→第8回へ
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進←今回
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第7回 地方公文書館設立運動の推進
今回の話は、これまでとかわって、あまり精密に詰めた話をするつもりがありません。
思いついたことをまとめずに書きます。
何か少しでもヒントになるようなことがあればよいなと思います。
以前、第2回公文書管理フォーラムで、富田健司さん(栃木県芳賀町総合情報館)に地方公文書館の話をしていただいた。その時のことについて、ブログでも記事を書いたことがある。
現在の地方公文書館の設置状況は、
都道府県 30館(47都道府県)
政令指定都市 7館(15市)
市区町村 16館(約1800市町村)
である。→公文書有識者会議の資料に2008年4月現在の設置状況の地図あり
つまり、都道府県レベルでも、まだ公文書館が存在しない県が17県も存在している。
今回の公文書管理法には、第34条に次の文面が入った。
(地方公共団体の文書管理)
第34条
地方公共団体は、この法律の趣旨にのっとり、その保有する文書の適正な管理に関して必要な施策を策定し、及びこれを実施するよう努めなければならない。
この文章は、もちろん「努力規定」ではある。であるが、こういった条文が入ったことで、「公文書館の設立を!」と言う法的な根拠ができたことは間違いない。
そこで、是非とも各地の公文書館がない自治体にお住まいの方達に公文書館設立運動を推進してほしいと願っている。
私は歴史研究者なので、特に地方在住の歴史研究者に呼びかけてみたい。
まず、地方に公文書館を作るための根拠が必要である。
そのためには、「歴史研究のためだけに作る」というような研究者エゴ的な根拠では、一般市民や議員達に理解を得られないことは肝に銘じた方がよいと思う。
そこで、例えば、次のような点を考慮して、根拠を作ってみたらどうかと思う。
1.公文書館を作ることは、行政の効率化とつながっている。また、市民への説明責任を果たすためにも文書を管理し、保存し、公開することが有用であるといった、「現在の行政に意味がある」という視点を組みこむこと。特に、公文書管理法の地方版にあたる「公文書管理条例」の制定についてはきちんと強調するべき。
2.公文書館はその自治体の「歴史」を保管するところであるということをアピールし、郷土ナショナリズムを利用した視点を組みこむこと(ただし、やりすぎると、地域に不利なものは捨てかねないので注意は必要)。
特に、ただの「歴史文化施設」という博物館や美術館のような捉えられ方をすると、「この自治体財政厳しい中で・・・」という理由で絶対に容認されない。現に、岐阜県歴史資料館は「行政改革」と称して潰されかかっている。
そのため、いかに現在の行政に有用であるかという視点は必要不可欠である。
また、公文書館関係者の方は、公文書館は図書館などとは全く別の概念で作られているから、別に施設が作られるべきだと主張する人も多いが、私はそのあたりは「まず設置されることが重要」という観点から、あまり強硬に別施設を作れと言うべきではないと思う。
以前から指摘しているが、結局公文書館を動かすのは「カネ」と「人」である。
箱モノを作るのにお金をかけすぎてしまって、その後お金が来ないとか、ろくに人材を雇わずに放置されれば、結局ただの「倉庫」になりはててしまう。
とりあえずは、廃校になった学校の校舎とか、図書館併設とか、どういった形でも良いから、まずは公文書館を作る。そしてそこにきちんと整理できる人を配置することを第一に求めた方がよい。
一度できれば、その後に有用性をアピールすることも可能になる。まずは作られなければ、理解も深まらないと思う。
そして、こういった運動を起こすためには、是非とも既存の地方公文書館関係者の力が必要である。
歴史研究者だとしても、アーカイブズとは何かという所から説明が必要な人はいっぱいいる。歴史研究者ではない一般の方ならなおさらである。
そういう方達への啓蒙活動は、既存館で働いている方達の経験と知恵が必要である。
そこで、各地方にある歴史研究者の研究会(学会)に、是非とも呼びかけたいことがある。
まず、自分の隣県にある公文書館の担当者を研究会に呼び、自分たちがどのような要求を掲げて運動を行わなければならないかという、具体的な方針についての勉強会を行ってみたらどうだろうか。
またその際には、地方公文書館の方は「自分は公務員だからあまり思い切ったことは・・・」として自重するのは止めてほしいと思う。
むしろ自分たちの置かれている待遇を改善するためにも、各地に公文書館の設置を呼びかけるのは重要である。
各地に公文書館が置かれ、その重要性が認識されることは、回り回って自分の所に還元があるはずである。
そして、自分たちの公文書館で、上から何か問題を押しつけられるようなことが起きたのであれば、地元の歴史研究者などに働きかけて反対運動を作ってもらうなどの、もっと政治的な動きを裏から行うべきである。
公文書館で実際に現場で苦労している方が、色々な「悩み」を「外部」にきちんと発信していかなければ、結局は状況の改善にはつながらないのである。
公文書館の人達が、どれだけひどい待遇で苦労して働いているかは、思ったほど知られているわけではない。特に非常勤職員への依存度が高い。
そういう所で働いている方は、私と同世代(+α)の「高学歴ワーキングプア」予備軍(正規軍!?)の人達が非常に多い。
もちろん歴史研究者等、利用者の側の鈍感さを責めることはできようが、それよりも公文書館員の側も、もっと自分たちの置かれている状況について、外部に理解者を増やさなければならないと思う。
もちろんそういう働きかけを受けた研究者は、往々にして地位は安定している方が多いのだから、公文書館の苦境に対してなんらかの支援をしなければならないのは言うまでもない。
地方公文書館は第一義的にはあくまでもその地方の住民のためにあるべきものである。
それは、中央の学会が設立を呼びかける音頭を取るというものではない。地元の学会や住民が声を挙げることが必要である。
そしてその上で、要望書などを出すときには、中央の学会にも賛同を呼びかけるといったことをして、全国からも設立の要望があるということをアピールしたらどうかと思う。
私が歴史学研究会の会務幹事(現場監督みたいなもの)をしていたときには、時折、地方の学会から色々な問題の賛同署名を求める要望が届いており、基本的には名前を連ねることに協力していた。
どの学会も、要望書の内容がしっかりしていれば、署名を重ねてくれることは多い。ダメ元でも色々な学会に手紙を送って協力を要請してみると良いと思う。
なお、こういった要望書を提出するときは、議会の請願手続きを取るといった公式ルートを使うことや、首長に直接会って手渡すなどの「実現に向けてのあらゆる手段」を使うべきである。
ただ「送りつけて終わり」というのは、実効性が弱いし、相手の心には届かない。会いに行くか否かは本気度のバロメータと取られるのではないかと思う。できれば会いに行くときには、新聞記者を同席させるなどして広報活動も兼ねると良いと思う。
なお、こういった「政治に近づく」ことそのものを嫌がる研究者は非常に多い。だが、これは「一市民」として、「一有権者」としての行動であると認識するべきである。
「政治に取り込まれる」のではなく、「政治を利用する」ぐらいの意気込みは、何かを実現するときには必要な意気込みだと思う。
また、今回の公文書管理法での色々な活動を通してわかったことだが、こういった公文書館設立運動には二種類の専門家との連絡が不可欠である。
一つは行政法学者。
二つめは、情報公開を通して行政監視を行ってきた人達、
である。
前者は、具体的な要望を作り上げるときに必要な人材である。行政というのは結局は「法」によって生きている。
その事情がわかった上で、歴史研究者としての要望を盛り込んでいかないと、結局非現実的な要望を言っているだけで、なんら影響を与えることはできない。
後者については、公文書管理の重要性について、一番知っている住民だからである。こういった人達と連携することが、一般の人達に公文書館の重要性を知ってもらうには不可欠である。
そして、この連携は、公文書館の充実化にも必ずつながる。
なぜなら、残念ではあるが行政法学者や情報公開の市民団体の人達は、現役の行政文書の扱いに興味が集中する傾向がある。公文書館に移管されてくるような歴史公文書については、よくわかっていない方がほとんどである。
そういった方達に、歴史公文書の重要性をアピールして理解を増してもらうことは歴史研究者の仕事であると思う。
なお、公文書館を作るには、結局は「政治の力」が必要である。特に、地方では多数を占めることの多い保守系の首長や議員達を動かす必要がある。
どうしても、「説明責任」という言葉が使われると、とたんに自分の政治資金問題などを追及するのか、といったような非常にアナクロ的な反応をされることがあるように思う。
でも、公文書管理問題はそういった話ではない。むしろ、その地域の歴史を残すためにも必要不可欠なものでもあるはずである。だから、説得の仕方に気をつければ、保守系の政治家でも十分に話は通じるはずである。
特に、「政治家への説明」ということはもっと考えられて良いと思う。なぜなら、政治家は多種にわたる活動を行っており、よほど関心がない限りは、自分から「公文書館」について関心を持って調べてくれる人などいないからである。
むしろ、こちらから耳学問的に色々なことを説明しに行くことが不可欠であると思う。実際の議会での質問文ぐらい作るといったことは言っても良いと思う。
政治家は普通「有権者」の発言を無下にはできない。できれば、その政治家の選挙区の住民を先頭に立てて、話をしに行ったらどうだろうか。政策秘書レベルなら必ず会ってくれると思う。
最後に、「広報戦略」はきちんと考えて行った方がよいと思う。
インターネットでの情報発信や、地元の新聞記者などを巻き込んで記事を書いてもらうといった啓発活動が必要である。
政治家と会って話をしたというレベルのことだって、どのようなことを話したのかということを、ブログなどでしっかり発信していくことが必要である。
残念だが、歴史学の中央組織である日本歴史学協会を初めとして、歴史学系の学会はこういった広報活動を苦手とする傾向があると思う。
それはひとえに歴史研究者は「コンピューターの扱いがダメな人の集団」だという所もあるのだが(未だにパワーポイントがほとんど使われない学会というのも珍しいだろう)、そのようなことを言っている場合ではないと思う。
自分たちの意見を通したいのであれば、それを支持してくれる人を増やすしかない。増やすには広報戦略は必要不可欠である。
広報をろくにしないで、「要望書を出しました」「政治家と話してきました」ということを内部の人だけがわかっているようなことは、はっきりいって政治的には何の役にも立ちはしない。
農協みたいな巨大組織でもバックに付いているならそれでも良いのだろうが、そういう組織のついていない歴史学やアーカイブズ関係の人は、一般の人達を味方につけるしかないのだ。
最近のワーキングプアを支援する団体などを見ていると、こういった「広報活動」にかなり力を入れているなということがわかる。
彼らはバックに農協みたいな巨大な組織は存在していない。だからこそ、マスコミなどを利用した広報を行い、問題をここまで可視化させることに成功したのではと思う。
こういった努力が、公文書館設置問題にも必要なことだと思う。
なお、なぜここまで「政治的な動きの重要性」を強調するのかには理由がある。
今回の公文書管理法に関して、公文書市民ネットの他のメンバーの活動を見ていて、それを強く感じたからである。
ある方は、自分で資料を作って内閣委員会に所属する議員の部屋に行っては資料を配り歩いていた。
ある組織は、自分たちの意見を反映させるために、議員にアポを取って説明をしに行っていた。
また、国会での参考人として関係者を推薦するといったようなことをされていた人もいた。(実際に呼ばれていた。)
そして、ある政党につながりの強い方は、「何か国会で質問して欲しいことがあれば渡すよ」と言ってくださり、実際に私が渡した意見書からいくつかの項目を国会で質問してくださった。
これらは、私には非常にカルチャーショックの大きい出来事だった。
学者の世界だけで生きてきた私にとって、政治を動かすために自分の力をフルに活用している人達がいるという事実だけで、圧倒されるものがあった。
もちろん彼らが政治を動かしているわけではない。最終的には議員の手腕にかかっている。
でも、議員達に問題を認識させ、理解させること、そして政策をよりよい方向へと引っ張ろうとする努力の重要性は今回強く認識させられた。
だから、「政治的な動きの重要性」について強調しているのである。
さて、以上であるが、「状況もわからずに好き勝手に言いやがって」と思っている方も多いと思う。もちろん、私は現場や地方のことをあまりわかっていないことは承知の上である。
でもそういう読みをするのではなく、「この部分は使えるかも?」みたいな断片的な読み方をしてほしい。少なくとも「100%空想で無理」みたいな話をしてはいないと思っている。
もし、「こういったところは良いと思う」「ここはおかしいのでは?」「これはどういう意味?」みたいな意見などあれば、コメント欄に書き込んでいただければと思います。必ずご返答いたします。
また、ここまで書いた以上、自分にできることがあれば、いくらでも協力・相談には応じます。
ただ、私は安定した職についている者ではなく、「高学歴ワーキングプア」予備軍であるということは御配慮のほどを願えたらと思います。
→第8回へ
【連載】公文書管理法成立後の課題―第6回 国立大学法人の文書移管 [【連載】公文書管理法成立後の課題]
公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管←今回
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第6回 国立大学法人の文書移管
今回、公文書管理法が成立したが、「別に自分は歴史研究者でもないから関係ないよ」と思っている大学勤務者は多いような気がする。
だが、今回の公文書管理法がは、国立大学法人に大きな影響を与えることになることに気付いているだろうか。
公文書管理法は、「行政機関」と「独立行政法人等」という二つを対象として作られたものである。
その「独立行政法人等」というのは次のように定義されている。(第2条)
2 この法律において「独立行政法人等」とは、独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人及び別表第一に掲げる法人をいう。
さて、この独立行政法人通則法の第2条第1項とは独法の定義を書いたものである。基本的に独法はこの条文を元にして作られている。
ただ、国立大学法人のように、別に「国立大学法人法」という法律によって設置されている機関もある。
こういった機関を含めるために独立行政法人情報公開法や今回の公文書管理法には「別表第一」というものが入っている。
この「別表第一」には、日本銀行や国立大学法人や日本中央競馬会(JRA)などが含まれている。→詳しくはこちら(3月3日の公文書管理法「案」の段階(修正前)のもの)
つまり、今回の公文書管理法は、国立大学法人も網にかけているのである。
ちなみに今回対象となる独法の一覧はこちら
さて、ではどういうことが施行後に起きるだろうか。
各部署での文書作成に際して「レコードスケジュール」を作る必要があったりすることは言うまでもないが、もっとも問題になるのは「歴史公文書を移管しなければならない」という点である。
これまで独法の公文書を公文書館に移管をする必要がなかった。そのため、保存期限が来たもののほとんどは捨てているのではないかと思われる。
今回の法律で、重要な文書については「移管」する必要が出てくることになる。これは大きな変化である。
しかも、移管先は国立公文書館である。
つまり、自前の公文書館がある大学はそこに移管することになるだろうが、もし存在していなければ、重要な文書を国立公文書館に引き渡さなければならないという義務を負うことになるのである。
今のところ、国立大学法人で「アーカイブズ」を持っているのは、
北海道大学大学文書館
東北大学史料館
東京大学史史料室
名古屋大学大学文書資料室
京都大学文書館
広島大学文書館
九州大学大学文書館
ぐらいだと思われる(他にあれば情報を)。大阪大学は準備中。
これ以外の大学は、2011年4月までに自前で公文書館を作れない場合は、必然的に国立公文書館への文書移管を迫られることになるのである。
もちろん我が母校一橋大学も言うまでもなく公文書館を持ってないので、歴史公文書を国立公文書館に移管しなければならない。
別に大学ナショナリズムを煽って、「国立大学法人の文書は国立大学法人のモノ」だということを主張したいわけではない。
これは、大学アーカイブズを整備する絶好のチャンスだということを強調したいのである。
これまで、大学の歴史に関係する文書というのはほとんど重視されてこなかった。
しかし、少子化の流れの中で、次第に大学は広報活動に力を入れるようになり、自分の大学の伝統の力というものの再評価が進んでいるように思う。
この中で、大学アーカイブズの存在価値は非常に高くなっていると思う。
これを作ることによって、大学の公文書の管理や、大学関係者の個人文書の収集などを行い、大学の歴史をしっかりと保存公開する仕組みを整備することができるようになる。
そうすれば、大学の広報活動にも必ず有用になるだろう。
ただし、気をつけなければならないのは、「歴史資料保存施設」としてのみ大学アーカイブズを位置づけるのは、非常に危険であるということである。
国立大学法人はどこも予算が削られていて、財政状況はあまり良いとは言いがたい。
その中で、「歴史資料保存として重要」というレベルでは、学内での合意を取り付けることは不可能だろう。
だからこそ、「公文書管理法」との関係が重要になる。
つまり、「現用文書」が保存年限を来たときに移管できるアーカイブズを作り、行政の効率化への貢献を行うという点が、大学アーカイブズに求められる理念の一つとして重要になるのである。
上記した既存の大学アーカイブズの多くは、「年史編纂」(百年史など)で使った資料のいわば「後始末」的に作られたものがほとんどである。そのため、現用の行政文書とは全く切り離された形で、ただ「大学の古い文書を持っているだけ」という機能しか果たしていない。
現用文書からのスムーズな文書移管を行えているのは、情報公開法の制定の時に作られたという経緯を持つ京都大学と広島大学ぐらいではないか。
以前、広島大学文書館長の小池聖一氏から話をうかがったことがあるのだが、広島大で文書館を作るときには、ほとんどの学部の教授達は反対だったらしい。それを押し返したのは、結局は事務職員を味方に付けたことだということを言っておられた。
実際に自分の大学の事務室とか行くと、文書があふれていて、隣の会議室の壁沿いに文書棚がびっちりとあったりする。こういう状況では、個人情報の流出なども含めて、色々な問題が起きうる危険水域に常に達していると思わざるをえない。
そのため、文書管理がいかに行政の効率化に重要であるのかということを前面に押し出しながら、歴史的に重要な資料の収集も行うという二つの機能を有するような大学アーカイブズを作ることが重要なのではないか。
とりあえず既存の大学アーカイブズについては以下の二つの本が参考になる。是非とも興味のある方は読んでいただきたい。
小池聖一『近代日本文書学研究序説』現代史料出版、2008年
A5判/上製/380頁/本体価格5,800円/ISBN978-4-87785-184-2
http://business3.plala.or.jp/gendaisi/xml_files/4-bunsyogaku.xml
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/32130949
→第7回へ
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管←今回
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第6回 国立大学法人の文書移管
今回、公文書管理法が成立したが、「別に自分は歴史研究者でもないから関係ないよ」と思っている大学勤務者は多いような気がする。
だが、今回の公文書管理法がは、国立大学法人に大きな影響を与えることになることに気付いているだろうか。
公文書管理法は、「行政機関」と「独立行政法人等」という二つを対象として作られたものである。
その「独立行政法人等」というのは次のように定義されている。(第2条)
2 この法律において「独立行政法人等」とは、独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人及び別表第一に掲げる法人をいう。
さて、この独立行政法人通則法の第2条第1項とは独法の定義を書いたものである。基本的に独法はこの条文を元にして作られている。
ただ、国立大学法人のように、別に「国立大学法人法」という法律によって設置されている機関もある。
こういった機関を含めるために独立行政法人情報公開法や今回の公文書管理法には「別表第一」というものが入っている。
この「別表第一」には、日本銀行や国立大学法人や日本中央競馬会(JRA)などが含まれている。→詳しくはこちら(3月3日の公文書管理法「案」の段階(修正前)のもの)
つまり、今回の公文書管理法は、国立大学法人も網にかけているのである。
ちなみに今回対象となる独法の一覧はこちら
さて、ではどういうことが施行後に起きるだろうか。
各部署での文書作成に際して「レコードスケジュール」を作る必要があったりすることは言うまでもないが、もっとも問題になるのは「歴史公文書を移管しなければならない」という点である。
これまで独法の公文書を公文書館に移管をする必要がなかった。そのため、保存期限が来たもののほとんどは捨てているのではないかと思われる。
今回の法律で、重要な文書については「移管」する必要が出てくることになる。これは大きな変化である。
しかも、移管先は国立公文書館である。
つまり、自前の公文書館がある大学はそこに移管することになるだろうが、もし存在していなければ、重要な文書を国立公文書館に引き渡さなければならないという義務を負うことになるのである。
今のところ、国立大学法人で「アーカイブズ」を持っているのは、
北海道大学大学文書館
東北大学史料館
東京大学史史料室
名古屋大学大学文書資料室
京都大学文書館
広島大学文書館
九州大学大学文書館
ぐらいだと思われる(他にあれば情報を)。大阪大学は準備中。
これ以外の大学は、2011年4月までに自前で公文書館を作れない場合は、必然的に国立公文書館への文書移管を迫られることになるのである。
もちろん我が母校一橋大学も言うまでもなく公文書館を持ってないので、歴史公文書を国立公文書館に移管しなければならない。
別に大学ナショナリズムを煽って、「国立大学法人の文書は国立大学法人のモノ」だということを主張したいわけではない。
これは、大学アーカイブズを整備する絶好のチャンスだということを強調したいのである。
これまで、大学の歴史に関係する文書というのはほとんど重視されてこなかった。
しかし、少子化の流れの中で、次第に大学は広報活動に力を入れるようになり、自分の大学の伝統の力というものの再評価が進んでいるように思う。
この中で、大学アーカイブズの存在価値は非常に高くなっていると思う。
これを作ることによって、大学の公文書の管理や、大学関係者の個人文書の収集などを行い、大学の歴史をしっかりと保存公開する仕組みを整備することができるようになる。
そうすれば、大学の広報活動にも必ず有用になるだろう。
ただし、気をつけなければならないのは、「歴史資料保存施設」としてのみ大学アーカイブズを位置づけるのは、非常に危険であるということである。
国立大学法人はどこも予算が削られていて、財政状況はあまり良いとは言いがたい。
その中で、「歴史資料保存として重要」というレベルでは、学内での合意を取り付けることは不可能だろう。
だからこそ、「公文書管理法」との関係が重要になる。
つまり、「現用文書」が保存年限を来たときに移管できるアーカイブズを作り、行政の効率化への貢献を行うという点が、大学アーカイブズに求められる理念の一つとして重要になるのである。
上記した既存の大学アーカイブズの多くは、「年史編纂」(百年史など)で使った資料のいわば「後始末」的に作られたものがほとんどである。そのため、現用の行政文書とは全く切り離された形で、ただ「大学の古い文書を持っているだけ」という機能しか果たしていない。
現用文書からのスムーズな文書移管を行えているのは、情報公開法の制定の時に作られたという経緯を持つ京都大学と広島大学ぐらいではないか。
以前、広島大学文書館長の小池聖一氏から話をうかがったことがあるのだが、広島大で文書館を作るときには、ほとんどの学部の教授達は反対だったらしい。それを押し返したのは、結局は事務職員を味方に付けたことだということを言っておられた。
実際に自分の大学の事務室とか行くと、文書があふれていて、隣の会議室の壁沿いに文書棚がびっちりとあったりする。こういう状況では、個人情報の流出なども含めて、色々な問題が起きうる危険水域に常に達していると思わざるをえない。
そのため、文書管理がいかに行政の効率化に重要であるのかということを前面に押し出しながら、歴史的に重要な資料の収集も行うという二つの機能を有するような大学アーカイブズを作ることが重要なのではないか。
とりあえず既存の大学アーカイブズについては以下の二つの本が参考になる。是非とも興味のある方は読んでいただきたい。
小池聖一『近代日本文書学研究序説』現代史料出版、2008年
A5判/上製/380頁/本体価格5,800円/ISBN978-4-87785-184-2
http://business3.plala.or.jp/gendaisi/xml_files/4-bunsyogaku.xml
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/32130949
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【連載】公文書管理法成立後の課題―第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下) [【連載】公文書管理法成立後の課題]
公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)←今回
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
前回の続きです。今回は僭越ながら少々「提言」的なものを書いておきます。
2.文書作成から一定の年限が過ぎた文書の全面開示
公文書管理法は、歴史公文書の個人情報については「時の経過」を考慮するとの一文が入った。
前回も説明したように、情報は時とともに劣化するものであり、個人情報といえども次第に開示されるようになる。
ただ、この開示か不開示かを決める作業にはかなりの作業量を伴う。不開示の部分を特定するのも時間がかかるし、それをコピーして墨塗りにするという作業も膨大な時間がかかる。
であるから、できるかぎり不開示部分は無いに越したことはない。そうすれば、公文書館の仕事も軽減され、別の作業(例えば広報活動や教育活動など)にももっと時間をかけることができるようになる。
そこでいくつか提言めいたものを書いてみたい。
・「文書類型」による全面開示の導入
「公益性」の概念を導入し、「情報類型」(個人情報など)ではなく、「文書類型」(予算、法令関係情報など)を優先させて公開を行う制度を導入する。
国立公文書館が作成したパンフレットに『歴史公文書等の移管』というものがある。
このパンフは公文書の移管制度をわかりやすく説明したものである。
この中に「移管対象文書」の文書類型が例示されている(4ページ)。
詳しくは見てもらえばわかるが、例えば「法令」「閣議等決定」などという分類区分があり、その下に「法律の制定・改廃に関する文書」といった類例が挙げられている。
現在の公文書の公開制度は、こういった文書類型は一切問われない。
個人情報があれば、その情報がどのような情報類型であるかという点のみで開示か不開示かを判断される。
例えば、ある法令を作るとき、官僚が有識者の意見を非公式に聞きたいと思って、ある研究者の元に行って話を聞いてきたとする。
その時に作成した文書は、その研究者の「個人情報」にあたる。
そうなると、そこで話した内容によっては、国立公文書館の個人情報不開示基準の「思想」の部分に該当してしまうかもしれない。そうすれば、50年から80年は公開されなくなってしまう。
ただ、例えば法令や閣議、予算等の作成は、「国策」である。当然、それがどのように作成されたのかは、国民に対して説明責任が最も問われるはずだ。
たとえ非公式に聞いてきた情報であったとしても、それが政策決定に少しでも意味を持ったのであれば、その情報は開示されるべきものである。そうしなければ、なぜその政策が決まったのかを説明できないからである。
そこで、例えば法令、予算関係の公文書などの国策の重要な文書については、30年経過の後、個人情報の不開示規定よりも「公益性」を重視して全面公開するようにしたらどうだろうか。
これは、公文書管理法の「時の経過」の部分を、国立公文書館側がこのように解釈すれば可能なはずである。
つまり、慎重に審査をするものと、審査無しで一定年限がきたら全面開示する文書を腑分けしたらどうだろうかということである。
これを行えば、慎重にすべきものの審査に時間もかけられ、間違いが起きにくくもなるし、審査する必要のない文書が増えれば作業負担の軽減につながると思うが、いかがであろうか。
・外交史料館の「戦後外交記録公開」のような一括公開制度を国立公文書館・書陵部へ導入
公益性の高い資料は、例えば50年経過したら優先して全面公開する制度を導入する。
この話は前の文書類型での公開の続きの話になる。
現在、外交史料館には「戦後外交記録公開」という制度があり、1年に1回程度、ある政策関係の文書を、一括して秘密を解除して公開している。
例えば、直近の2008年12月に公開された文書には、佐藤栄作首相の訪米関係文書(1965年)や中近東紛争関係文書などが含まれている。
この制度は外交史料館にしかない独特のものである。これを是非とも、国立公文書館と書陵部にも導入してほしいのだ。
例えば、国立公文書館の戦犯裁判関係資料、書陵部の大正天皇実録などが、具体的には対象となるだろう。
これを私が主張するのは、非公開にする作業の非効率性といった問題だけではない。
これは、公文書館の「広報活動」として大いに有用だからと考えるためである。
外交記録公開は朝日新聞など大手新聞が、かなり大きな特集を組んで報じられる。だいたい見開き2面ぐらいが使われているように思う。
つまり、それだけ外交史料館の対外的なアピールにつながっているのである。
これからは、国民に対して、もっとアーカイブズの有用性についてアピールする必要がある。そうしなければ、予算や人員を割いてもらえるコンセンサスを作り上げることはできない。
よって、対外的な広報活動は重要な意味を持つ。
そのためには、国立公文書館を初めとして、各公文書館は、自分たちの「目玉商品」になるような資料群は、まとめて積極的に公開するようなことも必要なのではないだろうか。
これも「公益性」という観点を使えれば十分に可能な公開方法だと思われるがいかがであろうか。
・個人情報の公開に対する異議申し立て手続きの導入
本人ないし遺族からの情報公開差し止め要求が即裁判にならないように、館内で対応できる制度を整備するべき。また、利用者責任を問う制度も必要である。
上記のような「公益性」という観点を導入すれば、当然ながら個人情報保護という点については、いくらか緩くなることは間違いない。
そのため、もし個人情報が公開されたことによって、それを不快に思う方が出てきたときに対応して、各公文書館で「個人情報公開の差し止め請求」ができる制度を、きちんと整備する必要があると思われる。
もちろん、こういった制度は、別に私の言うような公開方法を取らなかったとしても、絶対に必要な制度である。
現在は、おそらく裁判をする以外に、その差し止めを要求することができないはずである。これは、原告側にものすごく負担をかける(金銭的にも大変)。
また、裁判の被告となる公文書館側も、かなりの負担を強いられることになる。
そのため、各館が定める「規則」に、無料で訴えることが可能な制度をきちんと入れておく必要がある。
そして、その場合の再審査方法も、外部から個人情報保護の専門家などを入れるなど、客観性が保てるような仕組みを作り上げておくべきである。
なお、最近、国立公文書館が作っている雑誌『アーカイブズ』の第35号(2009年3月)に、地方公文書館の館員達の会議の様子が書かれていたものを読んだのだが、その中で個人情報の公開についてが大きな問題として取り上げられていた。→こちらのⅢとⅣ
その中で特に気になったのは、個人情報の公開によって訴訟を起こされるのではないかという懸念があり、個人情報の開示の萎縮につながっているということが言われていた点である。
確かに、学校のクラスの連絡網が作れないなどといった、過剰な個人情報保護の流れがあって、そういうことに噛みつく人が多くなっていることは否定できない。
だからといって、その世間の流れに合わせてしまうことが良いことだとは全く思わない。
むしろ、個人情報には「情報の劣化」という概念があるのだということを、公文書館側が国民の側に説明して、その概念を定着させるぐらいの啓発的な立場に立たなければならないと私には思う。
これはこの前の東アジア近代史学会で、公文書館法制や個人情報保護の専門家である早川和宏さんにうかがったのだが、公文書館が個人情報の公開に関して訴えられた訴訟は今のところ存在しないらしい。
また、「実際に起きたとしても多額の賠償金とか取られたりするんですか?」とうかがったところ、「おそらく取られたとしてもたいした額にはならないのではないか」とおっしゃっていた。
私もこれは同じように考えている。
私は以前に宮内庁相手に裁判をやっていたことがあるが、この時に弁護士の先生から言われたのは、「行政訴訟で賠償金が発生するケースは、過去の最高裁の判例から見ると、よほど行政側に悪意があると認定されない限りありえない。しかもその悪意は「原告」が立証しなければならないというとんでもない状況なのだ。」ということだった。→その判例=「水俣病待たせ賃訴訟」
さらに言うと、訴訟リスクは、危ない個人情報を非公開にしていれば済むという問題ではない。
今は、公文書館の認知度が無いので、誰も個人情報が公開されていることに気付いていないだけで、今後は必然的に訴訟は起きると思われる。
また、公文書管理法によって「利用請求権」が新設された(前回参照)ので、逆に「非公開」にした判断に対して、それを不当とする裁判を起こされる可能性もある。
よって、公文書館側が考えなければならないのは、むしろ訴訟が起きたときに説明をきちんとできる制度(明確な公開基準)を組むことなのではないかと思う。
そのためにも、訴訟に対応するための各公文書館の連携が不可欠なのではないか。それは国立公文書館が音頭を取って、外交史料館や書陵部だけでなく、各地方の公文書館と連携して、行政訴訟を専門とする法律事務所と顧問契約を結ぶなどして、リスクを分散化する方法などを考えてみたらどうなのだろうか。
また、現在、どの公文書館でも、おおよそ「著作権侵害やプライバシー侵害が起きたときは、利用者が責任を取りなさい」という規則が入っている。国立公文書館や外交史料館、書陵部も規則にはその一文が入っている。
もちろん、私もそれは同感であり、最終的には資料を利用して文章を書いた者が全ての責任を負えばよいと思う。
だが、こういった規則を「入れるだけ」しか、各公文書館はしていなくはないか。
こういった規則があることは、私ですら知ったのは最近である。
おそらく公文書館を利用する人のほとんどは、そういった規則があることを知らないのではないか。
研究者倫理がどこまで信用できるかわからないが、専門に研究をしている人は、ある程度、論文に使って良い個人情報については何となく腑分けができているように思う。
ただ、公文書館を利用するのは研究者だけではない。一般の個人情報の扱いになれていない人が、安易にブログなどに個人情報を書いてしまって、訴えられることだってあるかもしれない。
もちろんこれを「自己責任」と言ってしまえばそれまでだが、それで傷つく人がいるということはもっと深刻に考えられなければならない。
つまり、そもそもそういったことが起きないようにするような啓発活動に、公文書館側が積極的に取り組むことが必要なのではないだろうか。
例えば、毎回来館する際に、「何か権利を侵害したときは責任を取ります」という誓約書を利用者に書かせるとかいったことだけでも、啓発活動には十分に値すると思う。
また、こういったことを積み重ねておけば、実際に訴訟が起きたときに、自分たちがどれだけ個人情報の扱いに気を遣っていたのかというアピールにもつながるはずである。
是非とも、こういった制度についても、配慮があった方がよいのではと思うがいかがであろうか。
以上で提言めいた話は終わりです。少しでも御参考になっていれば良いなと思います。→第6回へ
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)←今回
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
前回の続きです。今回は僭越ながら少々「提言」的なものを書いておきます。
2.文書作成から一定の年限が過ぎた文書の全面開示
公文書管理法は、歴史公文書の個人情報については「時の経過」を考慮するとの一文が入った。
前回も説明したように、情報は時とともに劣化するものであり、個人情報といえども次第に開示されるようになる。
ただ、この開示か不開示かを決める作業にはかなりの作業量を伴う。不開示の部分を特定するのも時間がかかるし、それをコピーして墨塗りにするという作業も膨大な時間がかかる。
であるから、できるかぎり不開示部分は無いに越したことはない。そうすれば、公文書館の仕事も軽減され、別の作業(例えば広報活動や教育活動など)にももっと時間をかけることができるようになる。
そこでいくつか提言めいたものを書いてみたい。
・「文書類型」による全面開示の導入
「公益性」の概念を導入し、「情報類型」(個人情報など)ではなく、「文書類型」(予算、法令関係情報など)を優先させて公開を行う制度を導入する。
国立公文書館が作成したパンフレットに『歴史公文書等の移管』というものがある。
このパンフは公文書の移管制度をわかりやすく説明したものである。
この中に「移管対象文書」の文書類型が例示されている(4ページ)。
詳しくは見てもらえばわかるが、例えば「法令」「閣議等決定」などという分類区分があり、その下に「法律の制定・改廃に関する文書」といった類例が挙げられている。
現在の公文書の公開制度は、こういった文書類型は一切問われない。
個人情報があれば、その情報がどのような情報類型であるかという点のみで開示か不開示かを判断される。
例えば、ある法令を作るとき、官僚が有識者の意見を非公式に聞きたいと思って、ある研究者の元に行って話を聞いてきたとする。
その時に作成した文書は、その研究者の「個人情報」にあたる。
そうなると、そこで話した内容によっては、国立公文書館の個人情報不開示基準の「思想」の部分に該当してしまうかもしれない。そうすれば、50年から80年は公開されなくなってしまう。
ただ、例えば法令や閣議、予算等の作成は、「国策」である。当然、それがどのように作成されたのかは、国民に対して説明責任が最も問われるはずだ。
たとえ非公式に聞いてきた情報であったとしても、それが政策決定に少しでも意味を持ったのであれば、その情報は開示されるべきものである。そうしなければ、なぜその政策が決まったのかを説明できないからである。
そこで、例えば法令、予算関係の公文書などの国策の重要な文書については、30年経過の後、個人情報の不開示規定よりも「公益性」を重視して全面公開するようにしたらどうだろうか。
これは、公文書管理法の「時の経過」の部分を、国立公文書館側がこのように解釈すれば可能なはずである。
つまり、慎重に審査をするものと、審査無しで一定年限がきたら全面開示する文書を腑分けしたらどうだろうかということである。
これを行えば、慎重にすべきものの審査に時間もかけられ、間違いが起きにくくもなるし、審査する必要のない文書が増えれば作業負担の軽減につながると思うが、いかがであろうか。
・外交史料館の「戦後外交記録公開」のような一括公開制度を国立公文書館・書陵部へ導入
公益性の高い資料は、例えば50年経過したら優先して全面公開する制度を導入する。
この話は前の文書類型での公開の続きの話になる。
現在、外交史料館には「戦後外交記録公開」という制度があり、1年に1回程度、ある政策関係の文書を、一括して秘密を解除して公開している。
例えば、直近の2008年12月に公開された文書には、佐藤栄作首相の訪米関係文書(1965年)や中近東紛争関係文書などが含まれている。
この制度は外交史料館にしかない独特のものである。これを是非とも、国立公文書館と書陵部にも導入してほしいのだ。
例えば、国立公文書館の戦犯裁判関係資料、書陵部の大正天皇実録などが、具体的には対象となるだろう。
これを私が主張するのは、非公開にする作業の非効率性といった問題だけではない。
これは、公文書館の「広報活動」として大いに有用だからと考えるためである。
外交記録公開は朝日新聞など大手新聞が、かなり大きな特集を組んで報じられる。だいたい見開き2面ぐらいが使われているように思う。
つまり、それだけ外交史料館の対外的なアピールにつながっているのである。
これからは、国民に対して、もっとアーカイブズの有用性についてアピールする必要がある。そうしなければ、予算や人員を割いてもらえるコンセンサスを作り上げることはできない。
よって、対外的な広報活動は重要な意味を持つ。
そのためには、国立公文書館を初めとして、各公文書館は、自分たちの「目玉商品」になるような資料群は、まとめて積極的に公開するようなことも必要なのではないだろうか。
これも「公益性」という観点を使えれば十分に可能な公開方法だと思われるがいかがであろうか。
・個人情報の公開に対する異議申し立て手続きの導入
本人ないし遺族からの情報公開差し止め要求が即裁判にならないように、館内で対応できる制度を整備するべき。また、利用者責任を問う制度も必要である。
上記のような「公益性」という観点を導入すれば、当然ながら個人情報保護という点については、いくらか緩くなることは間違いない。
そのため、もし個人情報が公開されたことによって、それを不快に思う方が出てきたときに対応して、各公文書館で「個人情報公開の差し止め請求」ができる制度を、きちんと整備する必要があると思われる。
もちろん、こういった制度は、別に私の言うような公開方法を取らなかったとしても、絶対に必要な制度である。
現在は、おそらく裁判をする以外に、その差し止めを要求することができないはずである。これは、原告側にものすごく負担をかける(金銭的にも大変)。
また、裁判の被告となる公文書館側も、かなりの負担を強いられることになる。
そのため、各館が定める「規則」に、無料で訴えることが可能な制度をきちんと入れておく必要がある。
そして、その場合の再審査方法も、外部から個人情報保護の専門家などを入れるなど、客観性が保てるような仕組みを作り上げておくべきである。
なお、最近、国立公文書館が作っている雑誌『アーカイブズ』の第35号(2009年3月)に、地方公文書館の館員達の会議の様子が書かれていたものを読んだのだが、その中で個人情報の公開についてが大きな問題として取り上げられていた。→こちらのⅢとⅣ
その中で特に気になったのは、個人情報の公開によって訴訟を起こされるのではないかという懸念があり、個人情報の開示の萎縮につながっているということが言われていた点である。
確かに、学校のクラスの連絡網が作れないなどといった、過剰な個人情報保護の流れがあって、そういうことに噛みつく人が多くなっていることは否定できない。
だからといって、その世間の流れに合わせてしまうことが良いことだとは全く思わない。
むしろ、個人情報には「情報の劣化」という概念があるのだということを、公文書館側が国民の側に説明して、その概念を定着させるぐらいの啓発的な立場に立たなければならないと私には思う。
これはこの前の東アジア近代史学会で、公文書館法制や個人情報保護の専門家である早川和宏さんにうかがったのだが、公文書館が個人情報の公開に関して訴えられた訴訟は今のところ存在しないらしい。
また、「実際に起きたとしても多額の賠償金とか取られたりするんですか?」とうかがったところ、「おそらく取られたとしてもたいした額にはならないのではないか」とおっしゃっていた。
私もこれは同じように考えている。
私は以前に宮内庁相手に裁判をやっていたことがあるが、この時に弁護士の先生から言われたのは、「行政訴訟で賠償金が発生するケースは、過去の最高裁の判例から見ると、よほど行政側に悪意があると認定されない限りありえない。しかもその悪意は「原告」が立証しなければならないというとんでもない状況なのだ。」ということだった。→その判例=「水俣病待たせ賃訴訟」
さらに言うと、訴訟リスクは、危ない個人情報を非公開にしていれば済むという問題ではない。
今は、公文書館の認知度が無いので、誰も個人情報が公開されていることに気付いていないだけで、今後は必然的に訴訟は起きると思われる。
また、公文書管理法によって「利用請求権」が新設された(前回参照)ので、逆に「非公開」にした判断に対して、それを不当とする裁判を起こされる可能性もある。
よって、公文書館側が考えなければならないのは、むしろ訴訟が起きたときに説明をきちんとできる制度(明確な公開基準)を組むことなのではないかと思う。
そのためにも、訴訟に対応するための各公文書館の連携が不可欠なのではないか。それは国立公文書館が音頭を取って、外交史料館や書陵部だけでなく、各地方の公文書館と連携して、行政訴訟を専門とする法律事務所と顧問契約を結ぶなどして、リスクを分散化する方法などを考えてみたらどうなのだろうか。
また、現在、どの公文書館でも、おおよそ「著作権侵害やプライバシー侵害が起きたときは、利用者が責任を取りなさい」という規則が入っている。国立公文書館や外交史料館、書陵部も規則にはその一文が入っている。
もちろん、私もそれは同感であり、最終的には資料を利用して文章を書いた者が全ての責任を負えばよいと思う。
だが、こういった規則を「入れるだけ」しか、各公文書館はしていなくはないか。
こういった規則があることは、私ですら知ったのは最近である。
おそらく公文書館を利用する人のほとんどは、そういった規則があることを知らないのではないか。
研究者倫理がどこまで信用できるかわからないが、専門に研究をしている人は、ある程度、論文に使って良い個人情報については何となく腑分けができているように思う。
ただ、公文書館を利用するのは研究者だけではない。一般の個人情報の扱いになれていない人が、安易にブログなどに個人情報を書いてしまって、訴えられることだってあるかもしれない。
もちろんこれを「自己責任」と言ってしまえばそれまでだが、それで傷つく人がいるということはもっと深刻に考えられなければならない。
つまり、そもそもそういったことが起きないようにするような啓発活動に、公文書館側が積極的に取り組むことが必要なのではないだろうか。
例えば、毎回来館する際に、「何か権利を侵害したときは責任を取ります」という誓約書を利用者に書かせるとかいったことだけでも、啓発活動には十分に値すると思う。
また、こういったことを積み重ねておけば、実際に訴訟が起きたときに、自分たちがどれだけ個人情報の扱いに気を遣っていたのかというアピールにもつながるはずである。
是非とも、こういった制度についても、配慮があった方がよいのではと思うがいかがであろうか。
以上で提言めいた話は終わりです。少しでも御参考になっていれば良いなと思います。→第6回へ
【連載】公文書管理法成立後の課題―第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上) [【連載】公文書管理法成立後の課題]
公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)←今回
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
さて、まず国立公文書館「等」の「等」って何?という話から。
公文書管理法では、歴史公文書の扱いについて記載されている条文において、受け入れ機関を国立公文書館「等」という記載の仕方をしている。
これは、歴史公文書の受け入れ先が国立公文書館だけではないということを意味している。
具体的には、外務省と宮内庁のことである。(もちろん他にも存在するが、重要なのはこの2つになる。)
外務省は外交史料館、宮内庁は書陵部という自前の公文書館を持っており、ここに文書を移管することが許されている。
この同じ省庁内への文書の移管にはらむ問題ということについては、すでに書いているので、別の話を書きます。
なお、ここからの話は、6月21日に東アジア近代史学会で話したことです。レジュメはこちらの記事から。
今回の公文書管理法において、国立公文書館等は利用規則を作るときに、内閣総理大臣が公文書管理委員会への諮問を経て承認するという手続きを踏まなければならなくなった。(第27条)
これは、各館が共通した規則を作らなければならないということを意味している。
実際に、衆議院と参議院の附帯決議では
十五 宮内庁書陵部及び外務省外交史料館においても、公文書等について国立公文書館と共通のルールで適切な保存、利活用が行われるよう本法の趣旨を徹底すること。(参議院では十一に同文あり)
との決議が加わった。
また「統一的な文書管理」という文言は、政府側がずっと強調してきたことでもある。
これによって、国立公文書館、外務省外交史料館、宮内庁書陵部の3館は、規則の共通化が図られることになる。
そこで、私のこれまでの体験や知識から、是非ともこういったことは規則に取り入れてほしいという点を列挙してみたい。
1.手続きの明確化
・開示申請から開示までの期日を規定する
情報公開法のように、30日以内、30日延長可能、それ以上延長する場合は公開期日を明示する。延長する場合、不開示部分がある場合は文書にて明示すること。
現在、国立公文書館では、移管された文書の目録登載を最優先にしており、非開示部分を含みそうな文書は「要審査」として、請求されてから公開の可否を判断をすることにしている。
この方法自体は非常に良い制度である。目録に載らなければ、何が移管されたのかすらわからない。昔は、公開の可否を判断してから目録に登載していたので、国立公文書館に移管されたら10年は出てこないなどと言われていたが、そういうことは一切なくなった。
そして、私の友人の話によれば、請求後、審査にはおおよそ2ヶ月ぐらいかかっているとのことである。
手続き的には、申込書をFAXなどで送ることが必要であり、審査経過については1ヶ月ごとぐらいに電話がかかってくるらしい。
ただ、必ずしもその手続きについては、具体的に規則があるわけではない。
また、私の体験では、宮内庁書陵部では資料の閲覧にだいたい2~3ヶ月を要する。ただし、ここは口頭で請求を伝える。そして、基本的に開示されるときまで一切連絡が来ない。
そのため、あまりにも時間がかかっている場合は、こちらから連絡をしないと状況が把握できない。そもそも向こうがちゃんと請求を受けて作業をしているかどうかもわからない。
ちなみに、私が書陵部で申請して2年半経過して1頁も開示されていない文書もある。実は、このブログを立ち上げたときに、「書陵部に請求した」という記事を書いたのだが、その時に請求した「侍従職業務日誌 昭和33年」という資料は、未だに開示がなされていない。すでに約2年10ヶ月が経過しているのだが。
昨年初めぐらいにどうなっているか聞いたのだが、その時には「他の人が似たような資料を先に請求しているから、そちらを優先的にやっているので、1ページも審査に入っていない」との回答を得ている。その時ですでに1年半経過しているわけだが・・・。
少なくともこういった事態は避ける必要がある。
やはり、情報公開法のように文書主義を徹底させる必要がある。
今回の公文書管理法には第16条に「利用請求権」が明記され、請求をされた場合には「見せなければならない」という義務が国立公文書館等に課されることになった。
これまでは、あくまでも「供する」という「見せてやる」という立場に非常に近い状況だったので、手続きが多少曖昧でも許されていた。
だが、公文書管理法ができた以上、このような曖昧な請求の受け方が許されるはずもない。
請求をする際には文書で受け取り、開示予定日を請求者に文書で通知する。不開示部分があった場合には文書できちんと説明するといった手続きの厳密化が必要となると思われる。
・部分開示の際のコピー黒塗り開示
もし、文書の一部に非開示部分が混ざった場合、それ以外の情報を見せるためにも、該当ページをコピーして非開示部分を黒塗りするという手続きを取るべきである。
これに該当するのは書陵部だけである(国立公文書館と外交史料館はコピーに墨塗り公開になっている)。
私の体験だが、書陵部では部分開示でも、その該当ページを袋とじ(紙袋でページ全てを覆うこと)にして見せなくしている。
書陵部の説明によれば、原本をそのまま見せているので墨を塗るわけにもいかない。よって、袋とじにしている。また、コピーする場合でも、原本保護のために、専門の業者にマイクロフィルムで撮影させ、それを紙に焼くという作業が必要であり、予算がないのでそれをすることはできないとのことだった。
この開示方法の場合、どのようなことが起きるかというと、10ページぐらいの重要な報告書があった時、その真ん中の1ページに個人情報があるからといって袋とじにされて見れなくなっているというようなことがあるのだ。
たぶん歴史研究者ならわかってくれると思うのだが、このような状況の時のやるせなさといったら・・・。
ものすごく面白い資料にあたったのに、途中が隠されて内容が全くわからないのだ。
資料としても使いづらいし、これは本当に資料を見る気力を失う。
そして、そういう事態に私はすでに何回も遭遇している。
そこで、一度私は代替案として、「自分がコピー代を負担する。コピーを渡すときに黒塗りしても良いからそれでやってくれないか」と頼んだことがある。
一応上司と検討してくれたようなのだが、その時の回答は、「1ページとかでは済まないですよね・・・。それを認めると作業量が増えるのでお断りします。」というものだった。
正直、「作業量が増えるから」という回答はいくらなんでもと思った。
それは作業は増えるだろう。
でも、ここは「公文書館」じゃないのかと。それなら、閲覧者に対してできるかぎりの便宜は図ってくれても良いではないか。それにこちらだってむやみやたらに請求するほど話がわからないわけではない。それに、コピー代もこちらが負担するとまで言っているのだから・・・。
とりあえず、私も相手の立場はわかったので、そこでそれ以上の交渉はしなかった。
でも、今回の法律は、先程も記載したが「利用請求権」が請求者側に発生している。
今後このような「見える部分まで巻き込んで不開示」になっている開示方法は、「利用請求権の侵害」と取られる可能性は大きい。
だから、複写して黒塗りという開示方法は是非とも取ってほしいと思う。
なお、予算がなくてもやり方なら色々ある。
例えば、デジカメで撮影し、それをモノクロでプリントアウトして黒塗りする(ないしはパソコンの画面上で黒塗りする)方法などは取れるのではないか。
最近はデジカメの性能も上がり、フラッシュをたかなくても自然光で十分綺麗に取れるし、真ん中の折り目の見にくいところでも、解像度が高ければ、資料を閲覧するときの文鎮を載せるぐらいの広げ方でも十分に解読することは可能だろう。
また、その資料全体の一部にだけ部分開示箇所があったとしても、国立公文書館のように資料全部をコピーする必要はなく、部分開示のページだけを複写して別ファイルに綴じ、どの部分のコピーなのかをわかるようにして出せばよい。
業者に頼まなくても、資料を傷めないで複写する方法はいくらでもある。
閲覧者は「解読できればよい」のである。絵巻物を見るわけではないのだから、最高級のマイクロ撮影をして紙焼きするといったような最高品質など全く求めていない。
もし、デジカメでも読みにくい部分が出たというならば、その時は改めて、その部分だけ拡大して再撮影するとかいった手段を取ればよい。
一律に、「複写する場合、資料保護のために業者に頼む」という考え方を取らなければ、いくらだって手段は考えられるはずだ。
まさしく資料保存の専門家が書陵部には集まっているのだから、そのあたりは柔軟に考えてほしいと思う。
・不開示規定の明確化
資料を不開示にする場合の理由を各館の規則に明示すること。また、3館での不開示規定の共通化を行うこと。
現在、国立公文書館と外交史料館と書陵部では、不開示規定が異なっている。
例えば、個人情報の不開示について比較をしてみよう。
規則をコピペするとものすごい長さになるので、リンクだけ貼っておきます。
まず、国立公文書館。→規則はこちら
第4条がその不開示規定にあたるが、まず注目したいのは作成から「30年」経過しているか否かで判断基準を分けていることである。
30年以内の文書は基本的には情報公開法と同じ基準で審査をされる。
30年を超えた場合「別表」に従うと記載されている。別表は上記のリンク先の下の方にあるが、どういった情報なら何年で出すかという基準が明確に記載されている。
この別表からは、個人情報は内容によっては次第に隠す意味がなくなるという「情報の劣化」という概念を用いていることがわかる。
「情報の劣化」とは、情報は、すぐに出されると何らかの損害を与える可能性もあるけれども、時間が経つと意味が無くなるものがあるということである。
例えば、公務員の勤務評定に関する文書は、当然その人が勤務している時に開示された場合には何らかの影響があるかもしれないが、定年退職した後だった場合、開示されても特に意味はなくなるわけである。
また、その人が亡くなったりしていた場合、その人の個人情報を守る必要性はかなり薄くなる。
世界のどの公文書館でも、こういった個人情報の段階的な開示規定というのは存在している。国立公文書館はその意味では世界基準に合わせているということになるだろう。
次に、外交史料館である。→規則はこちら
これの第4条が個人情報の不開示規定である。
これを見ると、国立公文書館と同様に「情報の劣化」の概念を用いていることはわかる。
ただ、国立公文書館と異なり、どういった情報を何年不開示にするのかは全くここからは読み取ることができない。
「個人の秘密」「個人の重大な秘密」「個人の特に重大な秘密」という文面で、何の情報が隠されているのかわかったらそれは超能力者である(苦笑)。
もちろん、内部には必ず基準はあるはずだ。それはきちんと公表しなければ、公文書館としての説明責任を果たしたことにはならないだろう。
最後に、書陵部である。→規則はこちら
この第4条が個人情報の不開示規定である。
これを見ると、まず「情報の劣化」という時間の概念が一切無いことがわかる。つまり、30年以上経過している文書でも、情報公開法と同様の不開示規定を当てはめるということである。
当然不開示部分は大量に増えることになる。
私から見ると、現在の国立公文書館の不開示規定は非常に明快であり、かつ個人情報でもある程度経過すれば公開されるという基準を取っており、それが理想的であると思われる(ただ、もうちょっと短い年数でもいいんじゃないかと思う項目はあるんだが・・・)。
このように基準を明確に公表すれば、説明責任も十分に果たせていることになる。
外交史料館と書陵部は国立公文書館の基準に合わせた不開示規則を作って、しっかりと基準を公開するべきだと思う。
・不開示文書でも管理簿には必ず登載する
意見書提出による不開示でもファイル管理簿は作成し、国立公文書館等の中に、閲覧者から隠されたファイルが存在しないようにすること。
公文書管理法では、第16条などで、外交・公安情報に関しては、移管元の行政機関が「意見書」を提出し、不開示を要求することができるという仕組みが組みこまれている。
もちろん、不開示部分が少ないに越したことはないが、確かに外交上出せない文書というのはあるだろう。
ただし、各行政機関にあったときには当然に行政ファイル管理簿にファイル名が登載されているはずなのだから、国立公文書館等に移管されたときにそれが管理簿に見えなくなるというのはおかしい。
米国国立公文書館では、不開示文書があった場合、その場所に「不開示理由」「審査した担当官の名前」「いつ以降ならば再審査を行うか」という文書が入っている。またファイル名は管理簿に登載されている。
また、全て不開示の文書も、その目録の該当箇所に「不開示」と明記されており、どこに不開示のファイルが存在するのがわかるようになっている。
今でも、書陵部は公文書を「天皇の私文書」と称して、内部に文書を隠し持っているのではと疑われている。また、外交史料館も「全て出しているのか?」というのは常に疑われている。
やはりそこは、自ら規則に「不開示文書でも、管理簿にはきちんと登載する」という一文を設け、そういった疑いを晴らすことが必要だと思う。
外に見せている管理簿と、中で見ている管理簿は必ず一致していなければならない。特に、内部から内部の公文書館に文書を移管する外交史料館と書陵部は、その点、あらぬ疑いを掛けられないように、自ら進んで「ごまかしていない」ということを明言できる規則をきちんと入れておくべきである。
さて、ここまでは、実際に公文書管理法が施行されたときには必ず各館が対応しなければならない事項である。
法をきちんと読めば、私が記載したことは、必ず実行しなければならないはずだ。
是非とも、こういった点については、きちんと規則に反映させてほしいと思う。
長くなりましたので、2の部分は次回。
次回は、少し「提言」的なものを書いてみたいと思います。→第5回へ
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)←今回
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
さて、まず国立公文書館「等」の「等」って何?という話から。
公文書管理法では、歴史公文書の扱いについて記載されている条文において、受け入れ機関を国立公文書館「等」という記載の仕方をしている。
これは、歴史公文書の受け入れ先が国立公文書館だけではないということを意味している。
具体的には、外務省と宮内庁のことである。(もちろん他にも存在するが、重要なのはこの2つになる。)
外務省は外交史料館、宮内庁は書陵部という自前の公文書館を持っており、ここに文書を移管することが許されている。
この同じ省庁内への文書の移管にはらむ問題ということについては、すでに書いているので、別の話を書きます。
なお、ここからの話は、6月21日に東アジア近代史学会で話したことです。レジュメはこちらの記事から。
今回の公文書管理法において、国立公文書館等は利用規則を作るときに、内閣総理大臣が公文書管理委員会への諮問を経て承認するという手続きを踏まなければならなくなった。(第27条)
これは、各館が共通した規則を作らなければならないということを意味している。
実際に、衆議院と参議院の附帯決議では
十五 宮内庁書陵部及び外務省外交史料館においても、公文書等について国立公文書館と共通のルールで適切な保存、利活用が行われるよう本法の趣旨を徹底すること。(参議院では十一に同文あり)
との決議が加わった。
また「統一的な文書管理」という文言は、政府側がずっと強調してきたことでもある。
これによって、国立公文書館、外務省外交史料館、宮内庁書陵部の3館は、規則の共通化が図られることになる。
そこで、私のこれまでの体験や知識から、是非ともこういったことは規則に取り入れてほしいという点を列挙してみたい。
1.手続きの明確化
・開示申請から開示までの期日を規定する
情報公開法のように、30日以内、30日延長可能、それ以上延長する場合は公開期日を明示する。延長する場合、不開示部分がある場合は文書にて明示すること。
現在、国立公文書館では、移管された文書の目録登載を最優先にしており、非開示部分を含みそうな文書は「要審査」として、請求されてから公開の可否を判断をすることにしている。
この方法自体は非常に良い制度である。目録に載らなければ、何が移管されたのかすらわからない。昔は、公開の可否を判断してから目録に登載していたので、国立公文書館に移管されたら10年は出てこないなどと言われていたが、そういうことは一切なくなった。
そして、私の友人の話によれば、請求後、審査にはおおよそ2ヶ月ぐらいかかっているとのことである。
手続き的には、申込書をFAXなどで送ることが必要であり、審査経過については1ヶ月ごとぐらいに電話がかかってくるらしい。
ただ、必ずしもその手続きについては、具体的に規則があるわけではない。
また、私の体験では、宮内庁書陵部では資料の閲覧にだいたい2~3ヶ月を要する。ただし、ここは口頭で請求を伝える。そして、基本的に開示されるときまで一切連絡が来ない。
そのため、あまりにも時間がかかっている場合は、こちらから連絡をしないと状況が把握できない。そもそも向こうがちゃんと請求を受けて作業をしているかどうかもわからない。
ちなみに、私が書陵部で申請して2年半経過して1頁も開示されていない文書もある。実は、このブログを立ち上げたときに、「書陵部に請求した」という記事を書いたのだが、その時に請求した「侍従職業務日誌 昭和33年」という資料は、未だに開示がなされていない。すでに約2年10ヶ月が経過しているのだが。
昨年初めぐらいにどうなっているか聞いたのだが、その時には「他の人が似たような資料を先に請求しているから、そちらを優先的にやっているので、1ページも審査に入っていない」との回答を得ている。その時ですでに1年半経過しているわけだが・・・。
少なくともこういった事態は避ける必要がある。
やはり、情報公開法のように文書主義を徹底させる必要がある。
今回の公文書管理法には第16条に「利用請求権」が明記され、請求をされた場合には「見せなければならない」という義務が国立公文書館等に課されることになった。
これまでは、あくまでも「供する」という「見せてやる」という立場に非常に近い状況だったので、手続きが多少曖昧でも許されていた。
だが、公文書管理法ができた以上、このような曖昧な請求の受け方が許されるはずもない。
請求をする際には文書で受け取り、開示予定日を請求者に文書で通知する。不開示部分があった場合には文書できちんと説明するといった手続きの厳密化が必要となると思われる。
・部分開示の際のコピー黒塗り開示
もし、文書の一部に非開示部分が混ざった場合、それ以外の情報を見せるためにも、該当ページをコピーして非開示部分を黒塗りするという手続きを取るべきである。
これに該当するのは書陵部だけである(国立公文書館と外交史料館はコピーに墨塗り公開になっている)。
私の体験だが、書陵部では部分開示でも、その該当ページを袋とじ(紙袋でページ全てを覆うこと)にして見せなくしている。
書陵部の説明によれば、原本をそのまま見せているので墨を塗るわけにもいかない。よって、袋とじにしている。また、コピーする場合でも、原本保護のために、専門の業者にマイクロフィルムで撮影させ、それを紙に焼くという作業が必要であり、予算がないのでそれをすることはできないとのことだった。
この開示方法の場合、どのようなことが起きるかというと、10ページぐらいの重要な報告書があった時、その真ん中の1ページに個人情報があるからといって袋とじにされて見れなくなっているというようなことがあるのだ。
たぶん歴史研究者ならわかってくれると思うのだが、このような状況の時のやるせなさといったら・・・。
ものすごく面白い資料にあたったのに、途中が隠されて内容が全くわからないのだ。
資料としても使いづらいし、これは本当に資料を見る気力を失う。
そして、そういう事態に私はすでに何回も遭遇している。
そこで、一度私は代替案として、「自分がコピー代を負担する。コピーを渡すときに黒塗りしても良いからそれでやってくれないか」と頼んだことがある。
一応上司と検討してくれたようなのだが、その時の回答は、「1ページとかでは済まないですよね・・・。それを認めると作業量が増えるのでお断りします。」というものだった。
正直、「作業量が増えるから」という回答はいくらなんでもと思った。
それは作業は増えるだろう。
でも、ここは「公文書館」じゃないのかと。それなら、閲覧者に対してできるかぎりの便宜は図ってくれても良いではないか。それにこちらだってむやみやたらに請求するほど話がわからないわけではない。それに、コピー代もこちらが負担するとまで言っているのだから・・・。
とりあえず、私も相手の立場はわかったので、そこでそれ以上の交渉はしなかった。
でも、今回の法律は、先程も記載したが「利用請求権」が請求者側に発生している。
今後このような「見える部分まで巻き込んで不開示」になっている開示方法は、「利用請求権の侵害」と取られる可能性は大きい。
だから、複写して黒塗りという開示方法は是非とも取ってほしいと思う。
なお、予算がなくてもやり方なら色々ある。
例えば、デジカメで撮影し、それをモノクロでプリントアウトして黒塗りする(ないしはパソコンの画面上で黒塗りする)方法などは取れるのではないか。
最近はデジカメの性能も上がり、フラッシュをたかなくても自然光で十分綺麗に取れるし、真ん中の折り目の見にくいところでも、解像度が高ければ、資料を閲覧するときの文鎮を載せるぐらいの広げ方でも十分に解読することは可能だろう。
また、その資料全体の一部にだけ部分開示箇所があったとしても、国立公文書館のように資料全部をコピーする必要はなく、部分開示のページだけを複写して別ファイルに綴じ、どの部分のコピーなのかをわかるようにして出せばよい。
業者に頼まなくても、資料を傷めないで複写する方法はいくらでもある。
閲覧者は「解読できればよい」のである。絵巻物を見るわけではないのだから、最高級のマイクロ撮影をして紙焼きするといったような最高品質など全く求めていない。
もし、デジカメでも読みにくい部分が出たというならば、その時は改めて、その部分だけ拡大して再撮影するとかいった手段を取ればよい。
一律に、「複写する場合、資料保護のために業者に頼む」という考え方を取らなければ、いくらだって手段は考えられるはずだ。
まさしく資料保存の専門家が書陵部には集まっているのだから、そのあたりは柔軟に考えてほしいと思う。
・不開示規定の明確化
資料を不開示にする場合の理由を各館の規則に明示すること。また、3館での不開示規定の共通化を行うこと。
現在、国立公文書館と外交史料館と書陵部では、不開示規定が異なっている。
例えば、個人情報の不開示について比較をしてみよう。
規則をコピペするとものすごい長さになるので、リンクだけ貼っておきます。
まず、国立公文書館。→規則はこちら
第4条がその不開示規定にあたるが、まず注目したいのは作成から「30年」経過しているか否かで判断基準を分けていることである。
30年以内の文書は基本的には情報公開法と同じ基準で審査をされる。
30年を超えた場合「別表」に従うと記載されている。別表は上記のリンク先の下の方にあるが、どういった情報なら何年で出すかという基準が明確に記載されている。
この別表からは、個人情報は内容によっては次第に隠す意味がなくなるという「情報の劣化」という概念を用いていることがわかる。
「情報の劣化」とは、情報は、すぐに出されると何らかの損害を与える可能性もあるけれども、時間が経つと意味が無くなるものがあるということである。
例えば、公務員の勤務評定に関する文書は、当然その人が勤務している時に開示された場合には何らかの影響があるかもしれないが、定年退職した後だった場合、開示されても特に意味はなくなるわけである。
また、その人が亡くなったりしていた場合、その人の個人情報を守る必要性はかなり薄くなる。
世界のどの公文書館でも、こういった個人情報の段階的な開示規定というのは存在している。国立公文書館はその意味では世界基準に合わせているということになるだろう。
次に、外交史料館である。→規則はこちら
これの第4条が個人情報の不開示規定である。
これを見ると、国立公文書館と同様に「情報の劣化」の概念を用いていることはわかる。
ただ、国立公文書館と異なり、どういった情報を何年不開示にするのかは全くここからは読み取ることができない。
「個人の秘密」「個人の重大な秘密」「個人の特に重大な秘密」という文面で、何の情報が隠されているのかわかったらそれは超能力者である(苦笑)。
もちろん、内部には必ず基準はあるはずだ。それはきちんと公表しなければ、公文書館としての説明責任を果たしたことにはならないだろう。
最後に、書陵部である。→規則はこちら
この第4条が個人情報の不開示規定である。
これを見ると、まず「情報の劣化」という時間の概念が一切無いことがわかる。つまり、30年以上経過している文書でも、情報公開法と同様の不開示規定を当てはめるということである。
当然不開示部分は大量に増えることになる。
私から見ると、現在の国立公文書館の不開示規定は非常に明快であり、かつ個人情報でもある程度経過すれば公開されるという基準を取っており、それが理想的であると思われる(ただ、もうちょっと短い年数でもいいんじゃないかと思う項目はあるんだが・・・)。
このように基準を明確に公表すれば、説明責任も十分に果たせていることになる。
外交史料館と書陵部は国立公文書館の基準に合わせた不開示規則を作って、しっかりと基準を公開するべきだと思う。
・不開示文書でも管理簿には必ず登載する
意見書提出による不開示でもファイル管理簿は作成し、国立公文書館等の中に、閲覧者から隠されたファイルが存在しないようにすること。
公文書管理法では、第16条などで、外交・公安情報に関しては、移管元の行政機関が「意見書」を提出し、不開示を要求することができるという仕組みが組みこまれている。
もちろん、不開示部分が少ないに越したことはないが、確かに外交上出せない文書というのはあるだろう。
ただし、各行政機関にあったときには当然に行政ファイル管理簿にファイル名が登載されているはずなのだから、国立公文書館等に移管されたときにそれが管理簿に見えなくなるというのはおかしい。
米国国立公文書館では、不開示文書があった場合、その場所に「不開示理由」「審査した担当官の名前」「いつ以降ならば再審査を行うか」という文書が入っている。またファイル名は管理簿に登載されている。
また、全て不開示の文書も、その目録の該当箇所に「不開示」と明記されており、どこに不開示のファイルが存在するのがわかるようになっている。
今でも、書陵部は公文書を「天皇の私文書」と称して、内部に文書を隠し持っているのではと疑われている。また、外交史料館も「全て出しているのか?」というのは常に疑われている。
やはりそこは、自ら規則に「不開示文書でも、管理簿にはきちんと登載する」という一文を設け、そういった疑いを晴らすことが必要だと思う。
外に見せている管理簿と、中で見ている管理簿は必ず一致していなければならない。特に、内部から内部の公文書館に文書を移管する外交史料館と書陵部は、その点、あらぬ疑いを掛けられないように、自ら進んで「ごまかしていない」ということを明言できる規則をきちんと入れておくべきである。
さて、ここまでは、実際に公文書管理法が施行されたときには必ず各館が対応しなければならない事項である。
法をきちんと読めば、私が記載したことは、必ず実行しなければならないはずだ。
是非とも、こういった点については、きちんと規則に反映させてほしいと思う。
長くなりましたので、2の部分は次回。
次回は、少し「提言」的なものを書いてみたいと思います。→第5回へ
【連載】公文書管理法成立後の課題―第3回 国会の公文書 [【連載】公文書管理法成立後の課題]
公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書←今回
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第3回 国会の公文書
今回の公文書管理法はあくまでも「行政機関」(+独立行政法人)の部分にしか適用されていない。
そのため、立法府(国会)と司法府(裁判所)の公文書をどうするかという課題が残された。(一応、この法律の下でも国会と裁判所の文書は国立公文書館に移管は可能。)
公文書管理法の附則の第13条の第2項では、
2 国会及び裁判所の文書の管理の在り方については、この法律の趣旨、国会及び裁判所の地位及び権能等を踏まえ、検討が行われるものとする。
との記載があり、施行5年後の見直しの際までに、立法と司法をどうするかの検討を行う必要がある。
そもそも、この二つがなぜ入らなかったかというと、それは「三権分立」が理由とされたためである。
今回の法律は「閣法」だったので、行政府である内閣が出す法律に残り二つを入れることについて慎重な意見が多かった。
だが、この二つももちろん国民に対する説明責任を有する機関であることは疑いない。そこで今後どのように公文書を保存し、公開するかが検討されなければならない。
今回はこのうち立法府についての話を中心に書いてみます。
国会の公文書は定義が難しい。
ただ、とりあえず、衆議院と参議院の事務局が持っている文書はすべて対象となることは疑いないと思われる。
現在は、衆議院は「議院行政文書」に限って情報公開を行っている。→こちら
参議院は未だに制度が作られていない。
公開制度のない参議院は論外であるが、衆議院でも立法調査などの最も国政に重要な文書を公開対象から外している。
まずは、立法調査の資料も含めた事務局資料に対しての情報公開制度の導入の検討を図ることから始めたらどうかと思う。
さて、その先で問題となるのが、とりあえず気付いたことで2点ほどあると思う。
1.議員立法等、議員による立法活動に関する文書は公文書か?
2.首相(大臣)の政策秘書官の文書は公文書か?
まず、1について。
法律を作成する過程が重要であることは当然である。
閣法の場合は、当然その法案の政策過程は各省庁や内閣官房などに文書が残される。
しかし、議員立法の場合は、法案を作っているのは各議員や政党である。
もちろん、各省庁や内閣法制局とのやりとりは行政文書として残るが、議員側で検討している文書は全く残らない。これらは作成した議員事務所の私文書として扱われることになってしまう。
しかし、国民への説明責任ということを考えるのであれば、こういった議員立法関係の文書もきちんと作成して保存し、公開する制度が必要となると思われる。
そのためには、議員立法の際に作らなければならない文書をあらかじめ定めておき(原案、党内協議、省庁とのすりあわせなど)、その文書は法案が制定されたとき(廃案になったときも)に、自主的に議院事務局に移管して、保存年限が来たら国立公文書館に移管するといった制度にするといったことが考えられる。
さすがに、内閣府の公文書管理課や国立公文書館が、書類がちゃんと揃っていないからといって議員事務所に査察に入るわけには行かないだろうから、議院事務局の中にそういった書類をきちんと揃えさせるよう指導できるような担当部局を置くなりして、議員自身が自主的に文書を提出する努力をしてもらうしかないと思われる。
次に2について。
首相の政務担当秘書官や各大臣の秘書官は、普通はその議員の政策秘書がなるケースが多い。→wiki参照
有名な人としては、小泉純一郎首相時代の飯島勲秘書官があげられるであろう。
さて、その首相や秘書官が作っていた文書は、果たして「公文書」であろうか。
たぶん、今は「私文書」扱いされているのではと思う。つまり、首相を辞めたときには自分の事務所に持って帰ってしまうのではないだろうか。
でも、首相の行動などを全て把握していたのは当然秘書官なわけで、秘書官の作成した文書は極めて公的な色彩が強いものだと思われる。
アメリカでは大統領記録法という法律が1978年に作られ、現在では大統領の在任中の記録は電子メールに至るまで全て公文書として保管されることになっている。→wiki「大統領図書館」参照
オバマ大統領が自分の携帯電話(ブラックベリー)を手放すか否かで就任前に揉めていたことを覚えている方もおられるかもしれないが、あれは携帯電話の盗聴などの問題だけではなく、その私的な携帯電話での通話記録や電子メールの記録を「私文書」扱いされる可能性があったために揉めていたという側面もあったのだ。
最終的には、ブラックベリーでの電子メールはすべて「公文書」として記録が残されることになったようだが、それだけ「大統領の記録」に対して、それを国家の財産だと見なす考え方が定着していると言える。
日本では首相の文書は、系統だって残されているものは非常に少ない。
戦後の首相だけで考えてみても、自分の持っていた文書を他の学術機関に寄贈したという人は、今のところ公になっているのは幣原喜重郎(国会図書館憲政資料室)、芦田均(同)、三木武夫(明治大学)ぐらいであろうか。
大平正芳は地元香川の事務所の文書は大平正芳記念館で公開されている。岸信介も地元山口に少ないがいくつか資料が残っている。
日記が公刊されているのは、東久邇宮稔彦(原本は防衛省防衛研究所図書館蔵)、芦田均、鳩山一郎、石橋湛山、佐藤栄作といったところ。書簡集は吉田茂のものがある。
詳しくは、伊藤隆・季武嘉也編『近現代日本人物史料情報事典』(吉川弘文館、全3巻)などを参考にするとわかる。
ただ、これらはいずれも「私文書」として残されたものを遺族が公開したものである。もし遺族がNoと言えば当然出てこなかった資料群でもある。
つまり、たまたま偶然出てきたものにすぎないのである。
例えば、「所得倍増計画」で有名な池田勇人や「日本列島改造論」の田中角栄は、いまのところどこにも資料が寄贈されたという話はない。
やはり、できることならば、首相や各大臣の在任時の記録は、公文書として扱い、国立公文書館に移管されるべきものだと考えられる。もちろん機密保持の問題があるから一定年限は公開しないという扱いでも良いだろう。
もちろん、アメリカの大統領制と、日本の議院内閣制では色々と組織的にも違っている点はあり、簡単に同じようにすることは難しいかもしれない。
ただ、現在は以前ほど資料が残りにくくなっている。
昔は書簡を書いたり日記とかを付ける政治家は多かった。
しかし、次第に電話へ移り、現在では電子メールである。スケジュールだって紙の手帳でなく、電子手帳に記録する人も増えている。
紙ならば数十年の時を経て残ることはありうる。しかし、電子メールや電子文書は、ハードディスクが壊れたら全て消失するのである。
昔の紙文書のように、「たまたま押し入れを探していたら見つかった」みたいな発見は今後は無くなっていく。パソコンの寿命も短いから、あっというまにハードごと捨てられてしまう。
だからこそ、首相や大臣の記録は、公文書として保存の専門家がいる機関に渡して残さないと、全て無くなってしまうのではないかと思う。
これは「行政」と「立法」のどちらに属するのか微妙な話ではあるのだが、議員秘書が首相秘書官になっているケースが多い以上、これは「立法」の側の話だと考えておく必要があるのではないだろうか。
この2点をどう保存するかについては、立法府の構成員たる国会議員自らが話し合って決めるしかない。施行5年後の見直しの際には、「立法府公文書管理法」のような法律を作るといったようなことが絶対に必要である。
是非とも議長の下に研究機関を作るなど、何らかの検討をしっかりと行ってほしいと思う。
また、司法府についてであるが、これはほっておいても自主的に最高裁がやってくれるかは非常に微妙なのではないかと思う。あまり情報公開にも熱心かと言われると「?」である。
だから、国民の代表である議会の側が、何らかの働きかけをするような動きは必要なのかもしれないと思う。もちろん、三権分立から考えると強制はできないわけだが、立法の側の検討を行っているときに、一緒に検討しようと誘ってみることぐらいはできるのではないかと思う。
施行5年後というのはそんなに時間があるわけではない。是非とも施行後すぐに検討を始めるぐらいの気持ちでいてほしいと願っている。
第3回はこれまで。→第4回へ
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書←今回
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第3回 国会の公文書
今回の公文書管理法はあくまでも「行政機関」(+独立行政法人)の部分にしか適用されていない。
そのため、立法府(国会)と司法府(裁判所)の公文書をどうするかという課題が残された。(一応、この法律の下でも国会と裁判所の文書は国立公文書館に移管は可能。)
公文書管理法の附則の第13条の第2項では、
2 国会及び裁判所の文書の管理の在り方については、この法律の趣旨、国会及び裁判所の地位及び権能等を踏まえ、検討が行われるものとする。
との記載があり、施行5年後の見直しの際までに、立法と司法をどうするかの検討を行う必要がある。
そもそも、この二つがなぜ入らなかったかというと、それは「三権分立」が理由とされたためである。
今回の法律は「閣法」だったので、行政府である内閣が出す法律に残り二つを入れることについて慎重な意見が多かった。
だが、この二つももちろん国民に対する説明責任を有する機関であることは疑いない。そこで今後どのように公文書を保存し、公開するかが検討されなければならない。
今回はこのうち立法府についての話を中心に書いてみます。
国会の公文書は定義が難しい。
ただ、とりあえず、衆議院と参議院の事務局が持っている文書はすべて対象となることは疑いないと思われる。
現在は、衆議院は「議院行政文書」に限って情報公開を行っている。→こちら
参議院は未だに制度が作られていない。
公開制度のない参議院は論外であるが、衆議院でも立法調査などの最も国政に重要な文書を公開対象から外している。
まずは、立法調査の資料も含めた事務局資料に対しての情報公開制度の導入の検討を図ることから始めたらどうかと思う。
さて、その先で問題となるのが、とりあえず気付いたことで2点ほどあると思う。
1.議員立法等、議員による立法活動に関する文書は公文書か?
2.首相(大臣)の政策秘書官の文書は公文書か?
まず、1について。
法律を作成する過程が重要であることは当然である。
閣法の場合は、当然その法案の政策過程は各省庁や内閣官房などに文書が残される。
しかし、議員立法の場合は、法案を作っているのは各議員や政党である。
もちろん、各省庁や内閣法制局とのやりとりは行政文書として残るが、議員側で検討している文書は全く残らない。これらは作成した議員事務所の私文書として扱われることになってしまう。
しかし、国民への説明責任ということを考えるのであれば、こういった議員立法関係の文書もきちんと作成して保存し、公開する制度が必要となると思われる。
そのためには、議員立法の際に作らなければならない文書をあらかじめ定めておき(原案、党内協議、省庁とのすりあわせなど)、その文書は法案が制定されたとき(廃案になったときも)に、自主的に議院事務局に移管して、保存年限が来たら国立公文書館に移管するといった制度にするといったことが考えられる。
さすがに、内閣府の公文書管理課や国立公文書館が、書類がちゃんと揃っていないからといって議員事務所に査察に入るわけには行かないだろうから、議院事務局の中にそういった書類をきちんと揃えさせるよう指導できるような担当部局を置くなりして、議員自身が自主的に文書を提出する努力をしてもらうしかないと思われる。
次に2について。
首相の政務担当秘書官や各大臣の秘書官は、普通はその議員の政策秘書がなるケースが多い。→wiki参照
有名な人としては、小泉純一郎首相時代の飯島勲秘書官があげられるであろう。
さて、その首相や秘書官が作っていた文書は、果たして「公文書」であろうか。
たぶん、今は「私文書」扱いされているのではと思う。つまり、首相を辞めたときには自分の事務所に持って帰ってしまうのではないだろうか。
でも、首相の行動などを全て把握していたのは当然秘書官なわけで、秘書官の作成した文書は極めて公的な色彩が強いものだと思われる。
アメリカでは大統領記録法という法律が1978年に作られ、現在では大統領の在任中の記録は電子メールに至るまで全て公文書として保管されることになっている。→wiki「大統領図書館」参照
オバマ大統領が自分の携帯電話(ブラックベリー)を手放すか否かで就任前に揉めていたことを覚えている方もおられるかもしれないが、あれは携帯電話の盗聴などの問題だけではなく、その私的な携帯電話での通話記録や電子メールの記録を「私文書」扱いされる可能性があったために揉めていたという側面もあったのだ。
最終的には、ブラックベリーでの電子メールはすべて「公文書」として記録が残されることになったようだが、それだけ「大統領の記録」に対して、それを国家の財産だと見なす考え方が定着していると言える。
日本では首相の文書は、系統だって残されているものは非常に少ない。
戦後の首相だけで考えてみても、自分の持っていた文書を他の学術機関に寄贈したという人は、今のところ公になっているのは幣原喜重郎(国会図書館憲政資料室)、芦田均(同)、三木武夫(明治大学)ぐらいであろうか。
大平正芳は地元香川の事務所の文書は大平正芳記念館で公開されている。岸信介も地元山口に少ないがいくつか資料が残っている。
日記が公刊されているのは、東久邇宮稔彦(原本は防衛省防衛研究所図書館蔵)、芦田均、鳩山一郎、石橋湛山、佐藤栄作といったところ。書簡集は吉田茂のものがある。
詳しくは、伊藤隆・季武嘉也編『近現代日本人物史料情報事典』(吉川弘文館、全3巻)などを参考にするとわかる。
ただ、これらはいずれも「私文書」として残されたものを遺族が公開したものである。もし遺族がNoと言えば当然出てこなかった資料群でもある。
つまり、たまたま偶然出てきたものにすぎないのである。
例えば、「所得倍増計画」で有名な池田勇人や「日本列島改造論」の田中角栄は、いまのところどこにも資料が寄贈されたという話はない。
やはり、できることならば、首相や各大臣の在任時の記録は、公文書として扱い、国立公文書館に移管されるべきものだと考えられる。もちろん機密保持の問題があるから一定年限は公開しないという扱いでも良いだろう。
もちろん、アメリカの大統領制と、日本の議院内閣制では色々と組織的にも違っている点はあり、簡単に同じようにすることは難しいかもしれない。
ただ、現在は以前ほど資料が残りにくくなっている。
昔は書簡を書いたり日記とかを付ける政治家は多かった。
しかし、次第に電話へ移り、現在では電子メールである。スケジュールだって紙の手帳でなく、電子手帳に記録する人も増えている。
紙ならば数十年の時を経て残ることはありうる。しかし、電子メールや電子文書は、ハードディスクが壊れたら全て消失するのである。
昔の紙文書のように、「たまたま押し入れを探していたら見つかった」みたいな発見は今後は無くなっていく。パソコンの寿命も短いから、あっというまにハードごと捨てられてしまう。
だからこそ、首相や大臣の記録は、公文書として保存の専門家がいる機関に渡して残さないと、全て無くなってしまうのではないかと思う。
これは「行政」と「立法」のどちらに属するのか微妙な話ではあるのだが、議員秘書が首相秘書官になっているケースが多い以上、これは「立法」の側の話だと考えておく必要があるのではないだろうか。
この2点をどう保存するかについては、立法府の構成員たる国会議員自らが話し合って決めるしかない。施行5年後の見直しの際には、「立法府公文書管理法」のような法律を作るといったようなことが絶対に必要である。
是非とも議長の下に研究機関を作るなど、何らかの検討をしっかりと行ってほしいと思う。
また、司法府についてであるが、これはほっておいても自主的に最高裁がやってくれるかは非常に微妙なのではないかと思う。あまり情報公開にも熱心かと言われると「?」である。
だから、国民の代表である議会の側が、何らかの働きかけをするような動きは必要なのかもしれないと思う。もちろん、三権分立から考えると強制はできないわけだが、立法の側の検討を行っているときに、一緒に検討しようと誘ってみることぐらいはできるのではないかと思う。
施行5年後というのはそんなに時間があるわけではない。是非とも施行後すぐに検討を始めるぐらいの気持ちでいてほしいと願っている。
第3回はこれまで。→第4回へ
【連載】公文書管理法成立後の課題―第2回 公文書管理法の実効性 [【連載】公文書管理法成立後の課題]
公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性←今回
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第2回 公文書管理法の実効性
公文書管理法案が国会に提出されてから、「公文書」というキーワードでよくブログサーチをかけていた。
大体は最近話題の第三種郵便の「公文書偽造」の話がひっかかってくるのだが、その中で公文書管理について、系統だって述べている方のブログを見つけた。
「お役所最適化計画」
http://blogs.yahoo.co.jp/hirajimukann
管理人のhirajimukannさんは、地方の出先機関の公務員とのこと。その立場から、役所における文書管理の問題について、以前より記載されていた。そしてこの公文書管理法案についてもいくつかの記事を書かれている。
その中で、最もよく指摘をされていたのは「公文書管理法の実効性」の問題である。
特に次の3本の記事は、是非ともリンク先で読んできていただきたい。
http://blogs.yahoo.co.jp/hirajimukann/57786922.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hirajimukann/57811722.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hirajimukann/57910523.html
特に私自身が注目したいのは、公文書管理法を実効性のあるものにしようとした場合には、文書の作成方法の共通化を行う必要があり、そのためには仕事そのものの見直しをしなければならないという点である。
つまり、小手先に文書の作り方を変えるとか、意識を変えるとかいうレベルでは済まない話ではないかとの指摘なのである。
私自身は全く行政職の経験がないので確たることは言えないが、今回の公文書管理制度改革は、公務員にとっても仕事をやりやすくなるような形での改革が目指されていたことは確かである。
そして、今回の法制化は良い機会なのだと思う。是非とも、現場レベルからの仕事の見直しをきちんと行ってほしいと思う。
ただ、全省庁共通ルールの策定はおそらく困難を極めるだろう。それは、各省庁の分担管理原則(縦割り組織)にその原因があるからである。
だが、hirajimukannさんが「こういうテーマに本気で取り組めば抜本的な行革が可能となる。文書管理の改善に本気で取り組むことは必然的に役所の事務そのものの改善に取り組むこととなる。単なる職員や役所の数を減らす数あわせではなく、こういう地味なテーマに本気で取り組むことが真の行革だと思う。」とおっしゃっているのは、全く同感である。
そのためには、公務員が無理をしなくても文書が残るようなシステムの導入も必要だろうし、文書管理を専門に行えるような人材の配置(増員)も考えなくてはならないだろう。
修正によって「研修」という条文が入ったことは予算獲得の上でも良かったと思うが、研修だけではすまない改革が必要だということは、もっと理解されてよいのではないかと思う。
システム面の話は、さすがに私では手に負えない。
ただ、最近知り合った駿河台大学の廣田傳一郎さんが、この面については色々と活動されていることを知った。
廣田さんはNPO法人行政文書管理改善機構(ADMiC)の理事長であり、さまざまな自治体での文書管理システムの改善に取り組まれてきた。
この廣田さんのおっしゃられている「行政ナレッジファイリング」(AKF)というシステムが、どれほど歴史的に重要な文書を残せるのかは私にはわからないが、システム面で改善される余地は色々とあることはよくわかる。
廣田さんがおっしゃることで、私がもっとも納得したのは、文書の検索システムを構築するために、文書を全ての職員で共有化し、わかりやすいファイル名を付けたりすることが重要であり、担当者がいなくても30秒以内で検索可能であるようにならなければならないという点である。
この関連で、ADMiCのウェブサイトで公開中の下記の連載(3回)の論考は非常にわかりやったので、興味のある方は是非とも読んでいただきたい。
http://www.npo-bunshokanri.jp/parts/article_7.pdf
http://www.npo-bunshokanri.jp/parts/article_9.pdf
http://www.npo-bunshokanri.jp/parts/article_10.pdf
また、日本経済新聞の6月23日の朝刊29面に、廣田さんが一文書いておられるのでそちらも御参考に。
さて、最後に、やはり「人員」の問題は書いておきたい。
現在の内閣府公文書管理課の職員は合計で10名。それに国立公文書館が42名。
昨年国立公文書館は非常勤を11名雇ったが、それを足してもそれほど多くない。
hirajimukannさんも書いているが、一年間に作られる文書の数は100万は超える。
その中で、どこまで廃棄文書の中から、重要な文書を救い出せるのだろうか。
レコードスケジュールを作ることになる今後作成される文書については、廃棄するかを判断するのが楽になる可能性が高い。
ただ、それ以前に作られた膨大な文書にはレコードスケジュールが存在しない。それらの移管・廃棄作業をどうするのか。これはこの人数ではどうしようもなくなるのは明白である。
だからこそ、やはり公文書管理庁の設置は絶対に必要である。(最低100人規模)
公文書管理庁は、今回作られた公文書管理法を改正しなくても設置可能である。
以前にも書いたが、3条委員会として位置づけるために公文書管理庁設置法を作り、公文書管理課の機能を移せばよいだけである。
また、上記したが、各省庁でも文書管理を担当する職員の確保が必要である。これは、衆参両議院の附帯決議でもあるように「究極の行政改革」であるのだから、是非とも「定員削減」とは別枠で、きちんと人員を確保して欲しい。
もし政権を取ったならば民主党には検討していただきたい点である。
以上で第2回は終わりです。→第3回へ
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。
第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性←今回
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第2回 公文書管理法の実効性
公文書管理法案が国会に提出されてから、「公文書」というキーワードでよくブログサーチをかけていた。
大体は最近話題の第三種郵便の「公文書偽造」の話がひっかかってくるのだが、その中で公文書管理について、系統だって述べている方のブログを見つけた。
「お役所最適化計画」
http://blogs.yahoo.co.jp/hirajimukann
管理人のhirajimukannさんは、地方の出先機関の公務員とのこと。その立場から、役所における文書管理の問題について、以前より記載されていた。そしてこの公文書管理法案についてもいくつかの記事を書かれている。
その中で、最もよく指摘をされていたのは「公文書管理法の実効性」の問題である。
特に次の3本の記事は、是非ともリンク先で読んできていただきたい。
http://blogs.yahoo.co.jp/hirajimukann/57786922.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hirajimukann/57811722.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hirajimukann/57910523.html
特に私自身が注目したいのは、公文書管理法を実効性のあるものにしようとした場合には、文書の作成方法の共通化を行う必要があり、そのためには仕事そのものの見直しをしなければならないという点である。
つまり、小手先に文書の作り方を変えるとか、意識を変えるとかいうレベルでは済まない話ではないかとの指摘なのである。
私自身は全く行政職の経験がないので確たることは言えないが、今回の公文書管理制度改革は、公務員にとっても仕事をやりやすくなるような形での改革が目指されていたことは確かである。
そして、今回の法制化は良い機会なのだと思う。是非とも、現場レベルからの仕事の見直しをきちんと行ってほしいと思う。
ただ、全省庁共通ルールの策定はおそらく困難を極めるだろう。それは、各省庁の分担管理原則(縦割り組織)にその原因があるからである。
だが、hirajimukannさんが「こういうテーマに本気で取り組めば抜本的な行革が可能となる。文書管理の改善に本気で取り組むことは必然的に役所の事務そのものの改善に取り組むこととなる。単なる職員や役所の数を減らす数あわせではなく、こういう地味なテーマに本気で取り組むことが真の行革だと思う。」とおっしゃっているのは、全く同感である。
そのためには、公務員が無理をしなくても文書が残るようなシステムの導入も必要だろうし、文書管理を専門に行えるような人材の配置(増員)も考えなくてはならないだろう。
修正によって「研修」という条文が入ったことは予算獲得の上でも良かったと思うが、研修だけではすまない改革が必要だということは、もっと理解されてよいのではないかと思う。
システム面の話は、さすがに私では手に負えない。
ただ、最近知り合った駿河台大学の廣田傳一郎さんが、この面については色々と活動されていることを知った。
廣田さんはNPO法人行政文書管理改善機構(ADMiC)の理事長であり、さまざまな自治体での文書管理システムの改善に取り組まれてきた。
この廣田さんのおっしゃられている「行政ナレッジファイリング」(AKF)というシステムが、どれほど歴史的に重要な文書を残せるのかは私にはわからないが、システム面で改善される余地は色々とあることはよくわかる。
廣田さんがおっしゃることで、私がもっとも納得したのは、文書の検索システムを構築するために、文書を全ての職員で共有化し、わかりやすいファイル名を付けたりすることが重要であり、担当者がいなくても30秒以内で検索可能であるようにならなければならないという点である。
この関連で、ADMiCのウェブサイトで公開中の下記の連載(3回)の論考は非常にわかりやったので、興味のある方は是非とも読んでいただきたい。
http://www.npo-bunshokanri.jp/parts/article_7.pdf
http://www.npo-bunshokanri.jp/parts/article_9.pdf
http://www.npo-bunshokanri.jp/parts/article_10.pdf
また、日本経済新聞の6月23日の朝刊29面に、廣田さんが一文書いておられるのでそちらも御参考に。
さて、最後に、やはり「人員」の問題は書いておきたい。
現在の内閣府公文書管理課の職員は合計で10名。それに国立公文書館が42名。
昨年国立公文書館は非常勤を11名雇ったが、それを足してもそれほど多くない。
hirajimukannさんも書いているが、一年間に作られる文書の数は100万は超える。
その中で、どこまで廃棄文書の中から、重要な文書を救い出せるのだろうか。
レコードスケジュールを作ることになる今後作成される文書については、廃棄するかを判断するのが楽になる可能性が高い。
ただ、それ以前に作られた膨大な文書にはレコードスケジュールが存在しない。それらの移管・廃棄作業をどうするのか。これはこの人数ではどうしようもなくなるのは明白である。
だからこそ、やはり公文書管理庁の設置は絶対に必要である。(最低100人規模)
公文書管理庁は、今回作られた公文書管理法を改正しなくても設置可能である。
以前にも書いたが、3条委員会として位置づけるために公文書管理庁設置法を作り、公文書管理課の機能を移せばよいだけである。
また、上記したが、各省庁でも文書管理を担当する職員の確保が必要である。これは、衆参両議院の附帯決議でもあるように「究極の行政改革」であるのだから、是非とも「定員削減」とは別枠で、きちんと人員を確保して欲しい。
もし政権を取ったならば民主党には検討していただきたい点である。
以上で第2回は終わりです。→第3回へ
【連載】公文書管理法成立後の課題―第1回 政令事項 [【連載】公文書管理法成立後の課題]
公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。5回ぐらいのつもりだったのですが、結局8回に・・・。
長文で読むのが大変ですが、よろしければおつきあいください。
第1回 政令事項←今回
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第1回 政令事項
公文書管理法は、法案が提示されたときから「政令への委任事項が多すぎる」ということが問題になっていた。
特に、第4条の「作成」、第5条の「整理」、第7条「行政文書管理簿」のあたりは、政令の書き方によっては法律を骨抜きにできることから、多くの批判がなされていた。
その中で、第4条を中心に修正がなされ、政令での自由度をそれなりに減らすことに成功した。→参考
ただ、特に第5条の各項は、政令で肉付けされるままになったので気をつける必要があるだろう。
全てを論じるのは煩雑になるので、最も重要なレコードスケジュールに関して記載しておこうと思う。
とりあえず第5条を引用します。
(整理)
第5条
行政機関の職員が行政文書を作成し、又は取得したときは、当該行政機関の長は、政令で定めるところにより、当該行政文書について分類し、名称を付するとともに、保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない。
2 行政機関の長は、能率的な事務又は事業の処理及び行政文書の適切な保存に資するよう、単独で管理することが適当であると認める行政文書を除き、適時に、相互に密接な関連を有する行政文書(保存期間を同じくすることが適当であるものに限る。)を一の集合物(以下「行政文書ファイル」という。)にまとめなければならない。
3 前項の場合において、行政機関の長は、政令で定めるところにより、当該行政文書ファイルについて分類し、名称を付するとともに、保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない。
4 行政機関の長は、第一項及び前項の規定により設定した保存期間及び保存期間の満了する日を、政令で定めるところにより、延長することができる。
5 行政機関の長は、行政文書ファイル及び単独で管理している行政文書(以下「行政文書ファイル等」という。)について、保存期間(延長された場合にあっては、延長後の保存期間。以下同じ。)の満了前のできる限り早い時期に、保存期間が満了したときの措置として、歴史公文書等に該当するものにあっては政令で定めるところにより国立公文書館等への移管の措置を、それ以外のものにあっては廃棄の措置をとるべきことを定めなければならない。
この条文の重要な点は、文書には必ずレコードスケジュールを設定しなければならないということである。
レコードスケジュールとは、その文書を「何年保存」し、保存期限が切れたときに「移管するか廃棄するか」を明記しておくということである。
法文によれば、作成時には「保存年限」を明記すること、そして期限が切れるよりも「できる限り早い時期」に移管か廃棄かを決めておかなければならないと決められている。
これをしておくと、実際に保存期限が切れたときに、移管するか廃棄するかを判断しやすくなるということがある。
また、30年保存とか期限の長い文書になると、作成したときの担当者がすでに定年になっていたりして、その文書が重要かどうかの判断をしづらくなる。そのため、実際に使っていた担当官に、この文書は残す必要があるかどうかの判断させることで、重要性を判断しやすくするということである。
さて、こういう制度なので、このレコードスケジュールで「廃棄」と付けられてしまった文書は、あまりチェックもされずに廃棄される可能性が高まることになる。
よって、現役で使っていた担当官が、「これは隠滅したいな」と思って「廃棄」という恣意的な判断ができるようになってしまうと、合法的に廃棄することが可能になってしまうのだ。
ただ、その一方で、現役の時から「その後廃棄するかどうか」が行政ファイル管理簿に記載されるわけだから、「その廃棄はおかしいだろう」と気付かれるリスクもあるわけで(現在の制度では「廃棄されてから」気付くケースがほとんどで取り返しがつかない)、ファイル名を曖昧にしてごまかして廃棄するといった手段を要求されることになるだろう。
なので、ここで重要なのは、担当官の恣意が働かないような規定をしっかりと政令に組みこむことが必要となる。
まずは、文書類型をしっかりと規定すること。
例えば、すでに公文書管理法第4条に、「法令」の作成過程に絡んだ文書は、基本的には移管対象となることを明記してある。
これに従えば、この関連文書はすべて「移管」のレコードスケジュールが決められるはずである。
また、「事業」に関する文書は、第2項にあるように「相互に密接な関連を有する」文書を「一の集合物」とするという規定に合わせて、その事業終了まできちんと保管させるといったようなことも必要だろう。
こういったように、「この類の文書は残すように」という細かい規定が必要になるのではと思う。
また、第4項にあるように保存期間の「延長」は行政機関の長の権限で行うことが可能である。
このため、文書を国立公文書館に渡したくない場合に、レコードスケジュールを破って保存期間を延長するような事態が数多く現れることが懸念される。
この延長の手続きについても政令で定めることになっているので、その延長がむやみに使われないような歯止め(「理由を文書で示さなければならない」など)を入れる必要があると思う。
具体的には私もどのようなケースがあり得るのか、想像が付かない点も多い。
政令によってこのレコードスケジュールがごまかされるようなことがあると、安易な廃棄を招くことにつながる。特に注意して見なければならない点だと思われる。
政令の話は、正直にいって、行政での勤務経験のない私には非常に書きづらい。また、話が細かすぎて、なかなかわかるように一般化するのが難しい。
上記の話もえらくわかりにくいだろうなと、書いている自分ですら思う。
ただ、それでも敢えて書いたのは、「政令がダメなら法が骨抜きになる」ということは間違いのない事実だからである。
そして、政令が定められるときは、必ず事前に公表され、パブリックコメントを求めなければならないと法律で決められている。→パブコメ募集の一覧
その期間は、行政手続法第39条第3項によれば、30日以上とあるが、ほとんどが30日ちょうど(土日調整で多少増える)となっている。
この政令のパブコメを集めている期間を見のがしてはならない。
政令案がまずいものだった場合、この時にきちんと動く必要が出てくる。
なお、政令案を見るときに注意する点としては、有識者会議の最終報告書と国会での質疑応答の二つに注目して、そこで言われていたこととのズレがないかに注目して見てみると良いように思う。
情報公開法は1999年5月14日公布、2001年4月1日施行。政令に当たる施行令は2000年2月16日に公布されている。
今回の公文書管理法は、2009年6月24日公布、2011年4月1日施行になるから、おそらく政令は今年の年末から来年の初めぐらいには提示される可能性が高い。
→訂正。公布は7月1日です。そういえば天皇の御名御璽がないと法律は公布されませんでした。天皇制研究者としては問題ありすぎますね(苦笑)
是非ともこの時には、多くの方がパブリックコメントを提出して、意見表明を行ってほしいと思う。
このブログでもパブコメの募集が始まったら記事を書きます。もし始まっているのに記事が書かれていない場合、私が気付いていない可能性があるので、どなたか指摘してくださると有難いです。
追記 6/29
書き忘れたことが一つありました。
公文書管理法の政令事項を決める際には、その多くを「公文書管理委員会」の諮問に委ねる必要がある。
よって、「公文書管理委員会」のメンバーが誰になるのかという点は非常に重要である。
このメンバーの選任は内閣府の仕事であるので、公文書管理課が選び、内閣府の長である首相が承認するということになると思う。
少なくとも、公文書の在り方等の有識者会議のメンバー構成のように、きちんとバランスを取ったメンバーを選んで欲しい。
この問題についてろくに知らないで、いきなりメンバーに選ばれるというような人がいないでほしいと心から願っている。(官僚にとっては操作しやすい人ではあるんだろうが・・・)
これにて第1回は終わりです。→第2回へ
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。5回ぐらいのつもりだったのですが、結局8回に・・・。
長文で読むのが大変ですが、よろしければおつきあいください。
第1回 政令事項←今回
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養
第1回 政令事項
公文書管理法は、法案が提示されたときから「政令への委任事項が多すぎる」ということが問題になっていた。
特に、第4条の「作成」、第5条の「整理」、第7条「行政文書管理簿」のあたりは、政令の書き方によっては法律を骨抜きにできることから、多くの批判がなされていた。
その中で、第4条を中心に修正がなされ、政令での自由度をそれなりに減らすことに成功した。→参考
ただ、特に第5条の各項は、政令で肉付けされるままになったので気をつける必要があるだろう。
全てを論じるのは煩雑になるので、最も重要なレコードスケジュールに関して記載しておこうと思う。
とりあえず第5条を引用します。
(整理)
第5条
行政機関の職員が行政文書を作成し、又は取得したときは、当該行政機関の長は、政令で定めるところにより、当該行政文書について分類し、名称を付するとともに、保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない。
2 行政機関の長は、能率的な事務又は事業の処理及び行政文書の適切な保存に資するよう、単独で管理することが適当であると認める行政文書を除き、適時に、相互に密接な関連を有する行政文書(保存期間を同じくすることが適当であるものに限る。)を一の集合物(以下「行政文書ファイル」という。)にまとめなければならない。
3 前項の場合において、行政機関の長は、政令で定めるところにより、当該行政文書ファイルについて分類し、名称を付するとともに、保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない。
4 行政機関の長は、第一項及び前項の規定により設定した保存期間及び保存期間の満了する日を、政令で定めるところにより、延長することができる。
5 行政機関の長は、行政文書ファイル及び単独で管理している行政文書(以下「行政文書ファイル等」という。)について、保存期間(延長された場合にあっては、延長後の保存期間。以下同じ。)の満了前のできる限り早い時期に、保存期間が満了したときの措置として、歴史公文書等に該当するものにあっては政令で定めるところにより国立公文書館等への移管の措置を、それ以外のものにあっては廃棄の措置をとるべきことを定めなければならない。
この条文の重要な点は、文書には必ずレコードスケジュールを設定しなければならないということである。
レコードスケジュールとは、その文書を「何年保存」し、保存期限が切れたときに「移管するか廃棄するか」を明記しておくということである。
法文によれば、作成時には「保存年限」を明記すること、そして期限が切れるよりも「できる限り早い時期」に移管か廃棄かを決めておかなければならないと決められている。
これをしておくと、実際に保存期限が切れたときに、移管するか廃棄するかを判断しやすくなるということがある。
また、30年保存とか期限の長い文書になると、作成したときの担当者がすでに定年になっていたりして、その文書が重要かどうかの判断をしづらくなる。そのため、実際に使っていた担当官に、この文書は残す必要があるかどうかの判断させることで、重要性を判断しやすくするということである。
さて、こういう制度なので、このレコードスケジュールで「廃棄」と付けられてしまった文書は、あまりチェックもされずに廃棄される可能性が高まることになる。
よって、現役で使っていた担当官が、「これは隠滅したいな」と思って「廃棄」という恣意的な判断ができるようになってしまうと、合法的に廃棄することが可能になってしまうのだ。
ただ、その一方で、現役の時から「その後廃棄するかどうか」が行政ファイル管理簿に記載されるわけだから、「その廃棄はおかしいだろう」と気付かれるリスクもあるわけで(現在の制度では「廃棄されてから」気付くケースがほとんどで取り返しがつかない)、ファイル名を曖昧にしてごまかして廃棄するといった手段を要求されることになるだろう。
なので、ここで重要なのは、担当官の恣意が働かないような規定をしっかりと政令に組みこむことが必要となる。
まずは、文書類型をしっかりと規定すること。
例えば、すでに公文書管理法第4条に、「法令」の作成過程に絡んだ文書は、基本的には移管対象となることを明記してある。
これに従えば、この関連文書はすべて「移管」のレコードスケジュールが決められるはずである。
また、「事業」に関する文書は、第2項にあるように「相互に密接な関連を有する」文書を「一の集合物」とするという規定に合わせて、その事業終了まできちんと保管させるといったようなことも必要だろう。
こういったように、「この類の文書は残すように」という細かい規定が必要になるのではと思う。
また、第4項にあるように保存期間の「延長」は行政機関の長の権限で行うことが可能である。
このため、文書を国立公文書館に渡したくない場合に、レコードスケジュールを破って保存期間を延長するような事態が数多く現れることが懸念される。
この延長の手続きについても政令で定めることになっているので、その延長がむやみに使われないような歯止め(「理由を文書で示さなければならない」など)を入れる必要があると思う。
具体的には私もどのようなケースがあり得るのか、想像が付かない点も多い。
政令によってこのレコードスケジュールがごまかされるようなことがあると、安易な廃棄を招くことにつながる。特に注意して見なければならない点だと思われる。
政令の話は、正直にいって、行政での勤務経験のない私には非常に書きづらい。また、話が細かすぎて、なかなかわかるように一般化するのが難しい。
上記の話もえらくわかりにくいだろうなと、書いている自分ですら思う。
ただ、それでも敢えて書いたのは、「政令がダメなら法が骨抜きになる」ということは間違いのない事実だからである。
そして、政令が定められるときは、必ず事前に公表され、パブリックコメントを求めなければならないと法律で決められている。→パブコメ募集の一覧
その期間は、行政手続法第39条第3項によれば、30日以上とあるが、ほとんどが30日ちょうど(土日調整で多少増える)となっている。
この政令のパブコメを集めている期間を見のがしてはならない。
政令案がまずいものだった場合、この時にきちんと動く必要が出てくる。
なお、政令案を見るときに注意する点としては、有識者会議の最終報告書と国会での質疑応答の二つに注目して、そこで言われていたこととのズレがないかに注目して見てみると良いように思う。
情報公開法は1999年5月14日公布、2001年4月1日施行。政令に当たる施行令は2000年2月16日に公布されている。
今回の公文書管理法は、2009年6月24日公布、2011年4月1日施行になるから、おそらく政令は今年の年末から来年の初めぐらいには提示される可能性が高い。
→訂正。公布は7月1日です。そういえば天皇の御名御璽がないと法律は公布されませんでした。天皇制研究者としては問題ありすぎますね(苦笑)
是非ともこの時には、多くの方がパブリックコメントを提出して、意見表明を行ってほしいと思う。
このブログでもパブコメの募集が始まったら記事を書きます。もし始まっているのに記事が書かれていない場合、私が気付いていない可能性があるので、どなたか指摘してくださると有難いです。
追記 6/29
書き忘れたことが一つありました。
公文書管理法の政令事項を決める際には、その多くを「公文書管理委員会」の諮問に委ねる必要がある。
よって、「公文書管理委員会」のメンバーが誰になるのかという点は非常に重要である。
このメンバーの選任は内閣府の仕事であるので、公文書管理課が選び、内閣府の長である首相が承認するということになると思う。
少なくとも、公文書の在り方等の有識者会議のメンバー構成のように、きちんとバランスを取ったメンバーを選んで欲しい。
この問題についてろくに知らないで、いきなりメンバーに選ばれるというような人がいないでほしいと心から願っている。(官僚にとっては操作しやすい人ではあるんだろうが・・・)
これにて第1回は終わりです。→第2回へ