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「議事の記録」と「議事録」 [2020年公文書管理問題]

新型コロナウイルス感染症に関連する会議の議事録が作成されていないことが大きな問題となっている。
現在焦点が当たっているのが、新型コロナウイルス感染症対策本部の決定によって立ち上げられた専門家会議の議事録がないこと(発言者がわからない議事概要と速記録が存在)、対策本部の会合の前に意見調整を閣僚や官僚などが行っている「連絡会議」の議事の記録が全くないこと(概要すらない)である。

当初、菅義偉官房長官などは、これらを作らない理由を、公文書管理法の「行政文書の管理に関するガイドライン」の「歴史的緊急事態」に基づいて説明を行ってきた。

「歴史的緊急事態」における記録の作成についてのルールは、「政策の決定又は了解を行う会議等」(A)は「開催日時、開催場所、出席者、議題、発言者及び発言内容を記載した議事の記録」の作成義務があるが、「政策の決定又は了解を行わない会議等」(B)はその義務は書かれていない。
対策本部はAであるので「議事の記録」を残すが、専門家会議や連絡会議はBであるため、議事の記録は不要だと。

これに対しては、情報公開クリアリングハウスの三木由希子理事長が、歴史的緊急事態から説明をしているのはおかしい、と繰り返し言い続けることによって、潮目が変わってきた。

わかりやすいのは↓
「コロナ危機で再露呈…全国民が知るべき「公文書管理のヤバい実態」」2020年6月6日、現代ビジネス
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73026

三木さんが立て直した論点は、そもそもこういった会議は普段からも議事の記録は作られなければならないというものである。

行政文書の管理に関するガイドラインによれば(12-13頁)

○ なお、審議会等や懇談会等については、法第1条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、開催日時、開催場所、出席者、議題、発言者及び発言内容を記載した議事の記録を作成するものとする。

<国務大臣を構成員とする会議又は省議における議事の記録の作成>
国務大臣を構成員とする会議又は省議については、法第1条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、開催日時、開催場所、出席者、議題、発言者及び発言内容を記載した議事の記録を作成するものとする。


専門家会議は「懇談会等」であり、連絡会議は「国務大臣を構成員とする会議」であることは明らかだと思われる(ただし後者は政府は認めていない(非公式会議との認識))。
専門家会議が「懇談会等」であることは菅官房長官も記者会見で認めざるをえなくなっている。
しかし、一方で「議事録」の作成は不要だと言い続けている(6月9日現在)。

私はこの一連の議論を見ながら、6年前のガイドライン改正のことを思い出していた。
結局、あの時の懸念が今まさに問題になっているのだろうと。

下記の議論は誤解を生むかもしれないので、あらかじめ私の立場を述べておくと、専門家会議も連絡会議も逐語の議事録を作成すべきであり、それは公文書管理法第1条の「現在及び将来の国民に説明する責務が全うされる」ために必要なことである。

6年前の議論を振り返ってみようと思ったのは、結局現在の政府への追及を「ガイドライン違反」であるとして追及することには限界があると考えるからである。
というのは、そもそも「議事の記録」という曖昧な言葉を使うようになったのは、2014年のガイドライン改正であり、その時の政権は他でもない安倍政権だからである。
つまり、彼らこそがわざわざ「曖昧な」言葉にした張本人であり、その土俵で戦うことには自ずと限界があるということなのだ。


2014年のガイドライン改正は、特定秘密保護法を通すバーターとして、公明党が閣議等の議事録を作成して公表することを求めたために行われた。

この問題は、元々は民主党政権下で起きた原子力災害対策本部の議事録未作成問題(2012年)をきっかけとして、岡田克也副総理兼行政刷新相が取り組んだ課題で、大臣などが参加する会議の議事録問題などに話を拡張させたことに始まる。
ただ、途中で民主党が選挙で敗れたため、いくつかの提言を残したまま、制度の改正が放置されていた。

公明党からすると、野党になった民主党が推進していた政策を自民党に飲ませたという結果が欲しかったのだろう。

この改革自体の評価は、良かった点と悪かった点があるが、その評価は今回は述べない。

では今回問題になっていた点は、どのように変わったのだろうか。

まず「国務大臣」の部分は新設された。これはルールが明確で無かったから、当時からも「入って良かった」という評価がなされていたように思う。

「審議会等と懇談会等」については、

なお、審議会等や懇談会等の議事録については、法第1条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、発言者名を記載した議事録を作成する必要がある。

が元々の文章である。

ここで問題となったのは「議事録」の定義である。
「発言者名を記載した」としか書かれていなかったため、逐語の議事録ではなかったり、発言者名と発言内容がリンクしていないものを「議事録」とされているケースがあった。

そのため、「発言者名を記載した議事録を作成する必要がある」が「開催日時、開催場所、出席者、議題、発言者及び発言内容を記載した議事の記録を作成するものとする」になった。
内容が列記された部分は、三木さんからも評価されていた。
https://clearing-house.org/?p=890

ただ、当時の私が気になったのは「議事録」が「議事の記録」に直された所である。

当時私は「「議事の記録」と「議事録」は同じではない」というブログ記事を書いている(2014年6月3日)。
https://h-sebata.blog.ss-blog.jp/2014-06-03

私は「議事の記録」は、必ずしも議事録を指さないことは明白であり、「議事録」としないと議事概要でお茶を濁されるようになると主張し、これはパブリックコメントでも書いた。
これに対する内閣府の公文書管理課の答えは、公文書管理委員会の資料で掲載されている。

「行政文書の管理に関するガイドライン」の一部改正案に対する国民からの御意見募集の結果と考え方
https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2014/20140626/20140626haifu1-4.pdf
→これの「1」が私の意見。

この答えを見ても、「議事の記録」は「議事録」に限定していないことは明白である。
ただ、当時は発言者と発言内容が紐付けられるはずだという認識は共通見解であったと思われる。

2014年5月29日、6月26日の公文書管理委員会においては、「議事の記録」について、歴史研究者の加藤陽子さんや弁護士の三宅弘さんなどが、現在より状態が後退しないかという点などをかなり突っ込んで質問をしている。
例えば加藤さんは、「議事録や議事概要という今までの概念から考えたときに、全て「議事の記録」といったようにトーンダウンさせてしまって大丈夫か」と指摘しているが、これに対し、当時の公文書管理課の笹川課長は次のように述べている。

たとえ「議事録」と言おうと「議事概要」と言おうと「会議の記録」と言おうと、6項目を盛り込んで、かつ、公文書管理法第1条、第4条の趣旨を踏まえて、後々、意思決定の過程なり、事務事業の実績を跡付け検証できるようなものを作っていただく。そういう意味では決して後退ということではなくて、むしろマストのミニマムというか、厳しいルールといいますか、共通の基準をはっきり設けたという趣旨でございます。

公文書管理委員会第36回議事録(2014年5月29日)3頁
https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2014/20140529/20140529gijiroku.pdf

また、6月26日の会議では、当時担当大臣であった稲田朋美規制改革相が、笹川課長と次のやりとりをしている。

○稲田大臣 この議事の記録の開催日時、開催場所、出席者、議題、発言者までは客観的に何かというの分かるんですけれども、この発言内容の中身というのはどこかに書いてあるんですか。

○笹川課長 発言内容はまさに発言内容でございまして、それをどのくらい。

○稲田大臣 結論だけではなくて、なぜそうなったかという過程が分かるような内容ということですか。

○笹川課長 最終的にそれぞれの会議で作るので一般論として言いにくい部分があるのですが、基本的にはおっしゃるとおりで、結論だけ書くのではなくて途中の議論の過程、この人がこう言って、それで結果としてこうなりましたということが分かるような形で書いてもらうということです。
ただ、その作り方がどのようになるかは各会議でそれぞれあろうかと思います。

○稲田大臣 今までの議事録と議事の記録とは同じものなのかどうなのかというのも、各会議で決まってくるということですか。

○笹川課長 議事録、議事概要という定義自体、明確にございませんでしたので、一般的な口語的な意味合いでは確かに議事録というのはどちらかというと詳しい逐語的なもので、議事概要というのがどちらかというと要点をまとめたものという感じだと思います。それで、実際にその2つが重なり合っているような部分もあるので、なかなかどちらがどちらだと申し上げにくいのですけれども、今回はいずれにしても6項目を入れて議論の過程を追えるように作っていっていただきたいということで、もちろんなるべく詳しく作ってくださいという話ではあるんですが、最終的にどのようなものになるかについては、そこはそれぞれ責任を持ってやっていただくということでございます。


公文書管理委員会第37回議事録、2014年6月26日(5頁)
https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2014/20140626/20140626gijiroku.pdf

この2つのやりとりを見ると、次のことがわかる。

・「議事の記録」は「議事録」だけではなく「議事概要」などを含む。どれを選択するかは会議が責任を持って行う。

・今回の改正は「議論の過程」を追えるようにすることが目的である。少なくとも概要であっても、発言者と発言内容の紐付けは意識されていた可能性が高い(「この人がこう言って、それで結果としてこうなりました」と説明されている)。



さて、これを踏まえて今回の事態である。

政府の当初からの対応は、笹川課長が説明していた「マストのミニマム」(最低限)にすらたどり着いていなかったことは明白である。
発言者と発言内容の紐付けがない「議事の記録」は、ガイドラインを守っているとはさすがに言い切れない。

よって、専門家会議について、菅官房長官の談話は日々後退して行っている。
また、西村康稔経済再生担当相は「発言者名を入れた議事概要」を作ると言い始めている(6月7日記者会見)。
やっとここで「マストのミニマム」までたどり着いたという印象である。

官房長官は「ガイドラインに沿って適切に記録を作成している」と言っているが、ガイドラインを元にしていれば、逐語の議事録がないのは「非合法」ではない。
6項目を揃えている「議事概要」であれば、ガイドラインだと「最低限」は満たすのだ。

そのように読めるガイドラインに元々しているのだから、その解釈は当然導き出せるのだ。


では、安倍政権の対応はこれでいいのだろうか?
「合法」だから問題ないのだろうか。

確かに「合法」ではあるだろう。
だが、「議事の記録」が「議事録」か「議事概要」かは、その会議の重要度に応じて決まるはずであり、それは政治の判断である。
このガイドラインはあくまでも「マストのミニマム」(最低限)であり、議事録を作ってはいけないとは一言も書いていない。

新型コロナウイルス感染症という未曾有の事態に直面しているとき、「マストのミニマム」でなぜ説明責任が果たせると言えるのだろうか。
公文書管理法は「性善説」にたって運用されており、重要な記録は自発的に残すことを期待されているのだ。


ガイドラインの懇談会等などの「議事の記録」の作成は、「法第1条の目的の達成に資するため」と書いてある。
公文書管理法第1条は次のように書いてある。

この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。

「現在及び将来の国民に説明する責務」を果たすのに、発言者と発言内容が逐語で記録されていない議事録を作らないという選択肢はありえるのか。
新型コロナウイルス感染症という重大な出来事を詳細に記録することは、現在の国民への説明責任を果たすためである。
だからこそ、記録をきちんと作成し、できる限り公開の手続きを取ることで、国民からの信頼をえようとすべきである。
また、詳細な記録は、のちの国民に多くの教訓を残せるはずである。


ガイドラインに違反するか否かという論争を超え、ガイドラインにある公文書管理法の精神に従い、安倍政権は「議事録をすべて残し、自分たちのしてきたことを国民に理解してもらい、信をえる」と宣言すべきなのではないか。

安倍政権にその気概が無いことは、本当に残念と言わざるをえない。
そして、今の政権だと、たとえ発言者と内容がリンクした「議事概要」を作るようになったとしても、別の非公式の会議とかを使って実質的な議論をしそうである。

この数年、どれだけ公文書管理制度が傷ついてしまったのか。あらためてその状況に慨嘆せざるをえない。
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