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【連載】公文書管理法成立後の課題―第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下) [【連載】公文書管理法成立後の課題]

公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。

第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)←今回
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養

第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)

前回の続きです。今回は僭越ながら少々「提言」的なものを書いておきます。

2.文書作成から一定の年限が過ぎた文書の全面開示

公文書管理法は、歴史公文書の個人情報については「時の経過」を考慮するとの一文が入った。
前回も説明したように、情報は時とともに劣化するものであり、個人情報といえども次第に開示されるようになる。

ただ、この開示か不開示かを決める作業にはかなりの作業量を伴う。不開示の部分を特定するのも時間がかかるし、それをコピーして墨塗りにするという作業も膨大な時間がかかる。
であるから、できるかぎり不開示部分は無いに越したことはない。そうすれば、公文書館の仕事も軽減され、別の作業(例えば広報活動や教育活動など)にももっと時間をかけることができるようになる。

そこでいくつか提言めいたものを書いてみたい。

・「文書類型」による全面開示の導入
 「公益性」の概念を導入し、「情報類型」(個人情報など)ではなく、「文書類型」(予算、法令関係情報など)を優先させて公開を行う制度を導入する。


国立公文書館が作成したパンフレットに『歴史公文書等の移管』というものがある。
このパンフは公文書の移管制度をわかりやすく説明したものである。

この中に「移管対象文書」の文書類型が例示されている(4ページ)。
詳しくは見てもらえばわかるが、例えば「法令」「閣議等決定」などという分類区分があり、その下に「法律の制定・改廃に関する文書」といった類例が挙げられている。

現在の公文書の公開制度は、こういった文書類型は一切問われない。
個人情報があれば、その情報がどのような情報類型であるかという点のみで開示か不開示かを判断される。

例えば、ある法令を作るとき、官僚が有識者の意見を非公式に聞きたいと思って、ある研究者の元に行って話を聞いてきたとする。
その時に作成した文書は、その研究者の「個人情報」にあたる。
そうなると、そこで話した内容によっては、国立公文書館の個人情報不開示基準の「思想」の部分に該当してしまうかもしれない。そうすれば、50年から80年は公開されなくなってしまう。

ただ、例えば法令や閣議、予算等の作成は、「国策」である。当然、それがどのように作成されたのかは、国民に対して説明責任が最も問われるはずだ。

たとえ非公式に聞いてきた情報であったとしても、それが政策決定に少しでも意味を持ったのであれば、その情報は開示されるべきものである。そうしなければ、なぜその政策が決まったのかを説明できないからである。

そこで、例えば法令、予算関係の公文書などの国策の重要な文書については、30年経過の後、個人情報の不開示規定よりも「公益性」を重視して全面公開するようにしたらどうだろうか。
これは、公文書管理法の「時の経過」の部分を、国立公文書館側がこのように解釈すれば可能なはずである。

つまり、慎重に審査をするものと、審査無しで一定年限がきたら全面開示する文書を腑分けしたらどうだろうかということである。
これを行えば、慎重にすべきものの審査に時間もかけられ、間違いが起きにくくもなるし、審査する必要のない文書が増えれば作業負担の軽減につながると思うが、いかがであろうか。


・外交史料館の「戦後外交記録公開」のような一括公開制度を国立公文書館・書陵部へ導入
 公益性の高い資料は、例えば50年経過したら優先して全面公開する制度を導入する。


この話は前の文書類型での公開の続きの話になる。

現在、外交史料館には「戦後外交記録公開」という制度があり、1年に1回程度、ある政策関係の文書を、一括して秘密を解除して公開している。
例えば、直近の2008年12月に公開された文書には、佐藤栄作首相の訪米関係文書(1965年)や中近東紛争関係文書などが含まれている。

この制度は外交史料館にしかない独特のものである。これを是非とも、国立公文書館と書陵部にも導入してほしいのだ。
例えば、国立公文書館の戦犯裁判関係資料、書陵部の大正天皇実録などが、具体的には対象となるだろう。

これを私が主張するのは、非公開にする作業の非効率性といった問題だけではない。
これは、公文書館の「広報活動」として大いに有用だからと考えるためである。

外交記録公開は朝日新聞など大手新聞が、かなり大きな特集を組んで報じられる。だいたい見開き2面ぐらいが使われているように思う。
つまり、それだけ外交史料館の対外的なアピールにつながっているのである。

これからは、国民に対して、もっとアーカイブズの有用性についてアピールする必要がある。そうしなければ、予算や人員を割いてもらえるコンセンサスを作り上げることはできない。
よって、対外的な広報活動は重要な意味を持つ。
そのためには、国立公文書館を初めとして、各公文書館は、自分たちの「目玉商品」になるような資料群は、まとめて積極的に公開するようなことも必要なのではないだろうか

これも「公益性」という観点を使えれば十分に可能な公開方法だと思われるがいかがであろうか。


・個人情報の公開に対する異議申し立て手続きの導入
 本人ないし遺族からの情報公開差し止め要求が即裁判にならないように、館内で対応できる制度を整備するべき。また、利用者責任を問う制度も必要である。


上記のような「公益性」という観点を導入すれば、当然ながら個人情報保護という点については、いくらか緩くなることは間違いない。
そのため、もし個人情報が公開されたことによって、それを不快に思う方が出てきたときに対応して、各公文書館で「個人情報公開の差し止め請求」ができる制度を、きちんと整備する必要があると思われる。

もちろん、こういった制度は、別に私の言うような公開方法を取らなかったとしても、絶対に必要な制度である。
現在は、おそらく裁判をする以外に、その差し止めを要求することができないはずである。これは、原告側にものすごく負担をかける(金銭的にも大変)。
また、裁判の被告となる公文書館側も、かなりの負担を強いられることになる。

そのため、各館が定める「規則」に、無料で訴えることが可能な制度をきちんと入れておく必要がある。
そして、その場合の再審査方法も、外部から個人情報保護の専門家などを入れるなど、客観性が保てるような仕組みを作り上げておくべきである。

なお、最近、国立公文書館が作っている雑誌『アーカイブズ』の第35号(2009年3月)に、地方公文書館の館員達の会議の様子が書かれていたものを読んだのだが、その中で個人情報の公開についてが大きな問題として取り上げられていた。→こちらのⅢとⅣ
その中で特に気になったのは、個人情報の公開によって訴訟を起こされるのではないかという懸念があり、個人情報の開示の萎縮につながっているということが言われていた点である。

確かに、学校のクラスの連絡網が作れないなどといった、過剰な個人情報保護の流れがあって、そういうことに噛みつく人が多くなっていることは否定できない。
だからといって、その世間の流れに合わせてしまうことが良いことだとは全く思わない。
むしろ、個人情報には「情報の劣化」という概念があるのだということを、公文書館側が国民の側に説明して、その概念を定着させるぐらいの啓発的な立場に立たなければならないと私には思う。

これはこの前の東アジア近代史学会で、公文書館法制や個人情報保護の専門家である早川和宏さんにうかがったのだが、公文書館が個人情報の公開に関して訴えられた訴訟は今のところ存在しないらしい。
また、「実際に起きたとしても多額の賠償金とか取られたりするんですか?」とうかがったところ、「おそらく取られたとしてもたいした額にはならないのではないか」とおっしゃっていた。
私もこれは同じように考えている。

私は以前に宮内庁相手に裁判をやっていたことがあるが、この時に弁護士の先生から言われたのは、「行政訴訟で賠償金が発生するケースは、過去の最高裁の判例から見ると、よほど行政側に悪意があると認定されない限りありえない。しかもその悪意は「原告」が立証しなければならないというとんでもない状況なのだ。」ということだった。→その判例=「水俣病待たせ賃訴訟」

さらに言うと、訴訟リスクは、危ない個人情報を非公開にしていれば済むという問題ではない。
今は、公文書館の認知度が無いので、誰も個人情報が公開されていることに気付いていないだけで、今後は必然的に訴訟は起きると思われる。
また、公文書管理法によって「利用請求権」が新設された(前回参照)ので、逆に「非公開」にした判断に対して、それを不当とする裁判を起こされる可能性もある。

よって、公文書館側が考えなければならないのは、むしろ訴訟が起きたときに説明をきちんとできる制度(明確な公開基準)を組むことなのではないかと思う。
そのためにも、訴訟に対応するための各公文書館の連携が不可欠なのではないか。それは国立公文書館が音頭を取って、外交史料館や書陵部だけでなく、各地方の公文書館と連携して、行政訴訟を専門とする法律事務所と顧問契約を結ぶなどして、リスクを分散化する方法などを考えてみたらどうなのだろうか。

また、現在、どの公文書館でも、おおよそ「著作権侵害やプライバシー侵害が起きたときは、利用者が責任を取りなさい」という規則が入っている。国立公文書館や外交史料館、書陵部も規則にはその一文が入っている。
もちろん、私もそれは同感であり、最終的には資料を利用して文章を書いた者が全ての責任を負えばよいと思う。
だが、こういった規則を「入れるだけ」しか、各公文書館はしていなくはないか。

こういった規則があることは、私ですら知ったのは最近である。
おそらく公文書館を利用する人のほとんどは、そういった規則があることを知らないのではないか。

研究者倫理がどこまで信用できるかわからないが、専門に研究をしている人は、ある程度、論文に使って良い個人情報については何となく腑分けができているように思う。
ただ、公文書館を利用するのは研究者だけではない。一般の個人情報の扱いになれていない人が、安易にブログなどに個人情報を書いてしまって、訴えられることだってあるかもしれない。

もちろんこれを「自己責任」と言ってしまえばそれまでだが、それで傷つく人がいるということはもっと深刻に考えられなければならない。
つまり、そもそもそういったことが起きないようにするような啓発活動に、公文書館側が積極的に取り組むことが必要なのではないだろうか。
例えば、毎回来館する際に、「何か権利を侵害したときは責任を取ります」という誓約書を利用者に書かせるとかいったことだけでも、啓発活動には十分に値すると思う。
また、こういったことを積み重ねておけば、実際に訴訟が起きたときに、自分たちがどれだけ個人情報の扱いに気を遣っていたのかというアピールにもつながるはずである。

是非とも、こういった制度についても、配慮があった方がよいのではと思うがいかがであろうか。

以上で提言めいた話は終わりです。少しでも御参考になっていれば良いなと思います。→第6回
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