別冊『環』15号「図書館・アーカイブズとは何か」を読む [情報公開・文書管理]
昨年11月に発売された、別冊『環』第15号「図書館・アーカイブズとは何か」(藤原書店)を読んだ。
なかなか読み応えのある分量であり、歴史学、アーカイブズ学、図書館学を初めとして様々な分野の専門家による論考が並んでおり、アーカイブズ問題や図書館問題についての概況を知るには格好の書物となっていると思う。
興味深かったのは、これまであまり読む機会の無かった図書館問題についての論考である。
特に図書館学の人達の論考はあまり読んでいなかったので、興味深く読んだ。そして、アーカイブズ関係の人達の何人かが言っていた「アーカイブズ学を図書館学の二の舞にするな」ということの一端も垣間見ることができた。
図書館学の論考は、図書館経営論というよりも、「情報学」、それとも「知識情報学」とでもいうのだろうか、情報や知のネットワークをどう構築するかなどというような話が多いように見えた。
その一方で、図書館が「無料貸本屋」状態である事への批判が、様々な論考で取り上げられている。
でも、具体的にどうすれば「無料貸本屋」であることを脱することができるのかという点については、理想論が語られているだけで、実効性の部分でどうもあやふやなような気がするのだ。
少なくとも税金を投入している以上、図書館は住民が読みたい本を揃えざるをえない。でもそうすると、『ハリーポッター』の同じ巻を10冊とか揃えなくてはならなくなる。
これが図書館として問題だというのはよくわかる。でも、それを打破するためには具体的にどうすればよいのだろうか。
もちろん学者の論考にそういう実効性を期待すること自体が違うのかもしれない。でも、図書館学の人達は、まさに図書館の現場を担っているはずの司書を養成している当事者ではないのだろうか。
確かに正規職員として司書が1名以下の図書館は半数を超えるとのことだが、現在の図書館に問題があるというのであれば、やはりそこには司書を育ててきた図書館学の構造的な問題が何かあったのではないかと、素人ながら思ってしまうのだ。
本書冒頭の、粕谷一希氏(元中央公論編集長)と長尾真国立国会図書館長、菊池光興国立公文書館長の対談の中で、粕谷氏が図書館学の閉鎖性と、図書館員達の「選書」(どの本を図書館に入れるか)の能力の無さを厳しく批判していることについて、図書館学からはどのような答えがありうるのだろうか。図書館を設置している自治体の責任というだけで済む問題なのだろうか。
もちろん、この本に載っている図書館学の人達の論考は、ウェブ時代の情報のあり方などについて色々と考えさせられる論考を含んでいることは確かである。でも、やはりどのような図書館員(司書)を育てるかは、図書館学の人達の双肩に多くはかかっているはずである。その点についての論考が無いのはやや残念ではあった。
また、これは図書館学の話に留まらない問題である。
現在のアーカイブズ学は、歴史学出身者と図書館学出身者の集合のように私には見えているので、現在の図書館員の育成とアーキビストの育成はどこかでリンクされてくるはずである。
今後、アーカイブズを担うアーキビストの大量養成が必要となるような状況の中で、ただ情報管理や整理技術を持つ人をのみアーキビストとして養成することにならないだろうか。おそらくそこが、私の知り合いの歴史学出身アーキビスト達の不安という点に結びついているように思う。
なお、こういった点から考えると、本書の伊藤隆氏と大濱徹也氏という二人の歴史学の大家の述べるアーキビスト像の対立(歴史学者の延長としてのアーキビスト像と、両者は別物であるとすること)は、こういったアーカイブズ学の中での歴史学と図書館学の発想の違いの一端を現しているのだなと思う。
私はアーカイブズ学や図書館学の専門家では全くないので、批判内容は筋違いなことを書いているのかもしれない。
ただ、今後図書館やアーカイブの運営を担っていく人達には、ある種の「共通教養」というものを意識的に付けさせる必要があるのではないのだろうか。
それは、歴史学、行政学、法学(情報公開や著作権など)、それにプラスして図書館学とアーカイブズ学というのが私のイメージだが、もちろん他にも色々な素養が必要になると思う。レファレンス能力なども考えれば、専門としての図書館学やアーカイブズ学にプラスして、様々な学問を薄く広く行っておく必要はあるように思える。
ひょっとするともうこのようなことは行われているのかもしれない。でも、今後どのような「司書」「アーキビスト」を育てるのかという点については、あまり明確に「これ」という像が見えていない気もするのだ。私が見つけていないだけであるならば、ただの私の不勉強で済む話なのだけど・・・。
何だか、妙に図書館学に突っかかるような書き方になってしまった(反省)。
別にこの本がそれだけを取り上げているわけではないのだ。色々と示唆に富む内容なので、興味がある人は是非お手にとってもらいたいと思う。
(せっかくなので目次を貼っておきます。藤原書店HPより転載)
目次
〈鼎談〉図書館・アーカイブズとは何か――書物への愛と知の継承
粕谷一希(評論家)+菊池光興(国立公文書館館長)+長尾 真(国立国会図書館館長)
(司会)春山明哲・髙山正也
■図書館・アーカイブズとは何か
日本における文書の保存と管理――現状のアーカイブズと図書館で、未来が拓けるか 髙山正也
日本の知識情報管理はなぜ貧困か――図書館・文書館の意義 根本 彰
アーカイブズの原理と哲学――日本の公文書館をめぐり 大濱徹也
個人文書の収集・保存・公開について 伊藤 隆
アジアにおける史料の共有――アジア歴史資料センターの七年 石井米雄
データベースの思想 山﨑久道
デジタル世界における図書館とアーカイブズ 杉本重雄
〈コラム〉電子アーカイブズの危機 山下貞麿
未来に生かす放送アーカイブ――記録と記憶を残す 扇谷勉
■「知の装置」の現在――法と政策
地方自治体の経営と図書館 南 学
公共図書館の経営――知識世界の公共性を試す 柳与志夫
文字・活字文化と図書館 肥田美代子
日本の図書館にかかわる法制度の構造と課題 山本順一
立法調査機関・議院法制局の改革と国会図書館 小林 正
機関リポジトリの現在 竹内比呂也
インターネット社会とレファレンス・サービスの将来 田村俊作
ARGの十年――図書館・アーカイブズとの関わりのなかで 岡本 真
■歴史の中の書物と資料と人物と
ライブラリアンシップとはなにか――図書館史に見る国民意識と文化変容についての覚書 春山明哲
明治・大正期の「帝国図書館」素描 高梨 章
日米関係史の中の図書館――アメリカにおける日本語図書館の形成史から 和田敦彦
印刷文化と図書館 樺山紘一
「全体知」への夢――フランス『百科全書』とその周辺 鷲見洋一
〈コラム〉図書館学先駆者ガブリエル・ノーデの時代と思想 藤野幸雄
■図書館・アーカイブズの現場から
◎アーカイブズ
外務省外交史料館 柳下宙子
沖縄県公文書館――民主主義の礎石 仲本和彦
京都府立総合資料館――近代行政文書研究のセンターとして 福島幸宏
栃木県芳賀町総合情報館 富田健司
国立女性教育会館女性アーカイブセンター 江川和子
NHKアーカイブス 江藤巌二
フジテレビのアーカイブズ 小山孝一
脚本アーカイブズ 香取俊介
慶應義塾大学アート・センター――ジェネティック・アーカイヴ・エンジン――アートの視点から 前田富士男
身装(身体と装い)文化アーカイブズ 高橋晴子
京都国際マンガミュージアム――マンガを収蔵することの逆説 吉村和真
東京電力 電気の史料館 小坂 肇
渋沢栄一関係資料の二十一世紀 小出いずみ
◎都道府県立図書館
新潟県立図書館――『新潟県中越大震災文献速報』の作成 野澤篤史
大阪府立中之島図書館――ビジネス支援サービス 前田香代子
奈良県立図書情報館――公文書・古文書の保存、閲覧、データベース化 富山久代
鳥取県立図書館――模索・実験・悩み 森本良和
岡山県立図書館――デジタル岡山大百科 森山光良
◎市町村立図書館
函館市中央図書館――地方公共図書館からの情報発信に向けて 奥野進
矢祭もったいない図書館――開館の経緯 佐川粂雄
草津町立図書館 中沢孝之
神戸市立中央図書館――阪神・淡路大震災関連資料(1・17文庫) 三好正一
長崎市立図書館 小川俊彦
伊万里市民図書館――伊万里からの報告 犬塚まゆみ
◎大学図書館
東北芸術工科大学東北文化研究センター 赤坂憲雄
国際基督教大学図書館――リベラルアーツの基盤として 畠山珠美
拓殖大学図書館――旧外地関係資料 竹内正二
◎専門・小規模図書館
ギャラリー册――「KOUGEI」と書物と 奥野憲一
日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館――開発途上国学術ポータル構築に向けて 村井友子
日本原子力研究開発機構図書館 中嶋英充
図書館・アーカイブズとは何か (別冊環 15) (別冊環 15)
- 作者: 粕谷 一希
- 出版社/メーカー: 藤原書店
- 発売日: 2008/11/18
- メディア: 単行本
なかなか読み応えのある分量であり、歴史学、アーカイブズ学、図書館学を初めとして様々な分野の専門家による論考が並んでおり、アーカイブズ問題や図書館問題についての概況を知るには格好の書物となっていると思う。
興味深かったのは、これまであまり読む機会の無かった図書館問題についての論考である。
特に図書館学の人達の論考はあまり読んでいなかったので、興味深く読んだ。そして、アーカイブズ関係の人達の何人かが言っていた「アーカイブズ学を図書館学の二の舞にするな」ということの一端も垣間見ることができた。
図書館学の論考は、図書館経営論というよりも、「情報学」、それとも「知識情報学」とでもいうのだろうか、情報や知のネットワークをどう構築するかなどというような話が多いように見えた。
その一方で、図書館が「無料貸本屋」状態である事への批判が、様々な論考で取り上げられている。
でも、具体的にどうすれば「無料貸本屋」であることを脱することができるのかという点については、理想論が語られているだけで、実効性の部分でどうもあやふやなような気がするのだ。
少なくとも税金を投入している以上、図書館は住民が読みたい本を揃えざるをえない。でもそうすると、『ハリーポッター』の同じ巻を10冊とか揃えなくてはならなくなる。
これが図書館として問題だというのはよくわかる。でも、それを打破するためには具体的にどうすればよいのだろうか。
もちろん学者の論考にそういう実効性を期待すること自体が違うのかもしれない。でも、図書館学の人達は、まさに図書館の現場を担っているはずの司書を養成している当事者ではないのだろうか。
確かに正規職員として司書が1名以下の図書館は半数を超えるとのことだが、現在の図書館に問題があるというのであれば、やはりそこには司書を育ててきた図書館学の構造的な問題が何かあったのではないかと、素人ながら思ってしまうのだ。
本書冒頭の、粕谷一希氏(元中央公論編集長)と長尾真国立国会図書館長、菊池光興国立公文書館長の対談の中で、粕谷氏が図書館学の閉鎖性と、図書館員達の「選書」(どの本を図書館に入れるか)の能力の無さを厳しく批判していることについて、図書館学からはどのような答えがありうるのだろうか。図書館を設置している自治体の責任というだけで済む問題なのだろうか。
もちろん、この本に載っている図書館学の人達の論考は、ウェブ時代の情報のあり方などについて色々と考えさせられる論考を含んでいることは確かである。でも、やはりどのような図書館員(司書)を育てるかは、図書館学の人達の双肩に多くはかかっているはずである。その点についての論考が無いのはやや残念ではあった。
また、これは図書館学の話に留まらない問題である。
現在のアーカイブズ学は、歴史学出身者と図書館学出身者の集合のように私には見えているので、現在の図書館員の育成とアーキビストの育成はどこかでリンクされてくるはずである。
今後、アーカイブズを担うアーキビストの大量養成が必要となるような状況の中で、ただ情報管理や整理技術を持つ人をのみアーキビストとして養成することにならないだろうか。おそらくそこが、私の知り合いの歴史学出身アーキビスト達の不安という点に結びついているように思う。
なお、こういった点から考えると、本書の伊藤隆氏と大濱徹也氏という二人の歴史学の大家の述べるアーキビスト像の対立(歴史学者の延長としてのアーキビスト像と、両者は別物であるとすること)は、こういったアーカイブズ学の中での歴史学と図書館学の発想の違いの一端を現しているのだなと思う。
私はアーカイブズ学や図書館学の専門家では全くないので、批判内容は筋違いなことを書いているのかもしれない。
ただ、今後図書館やアーカイブの運営を担っていく人達には、ある種の「共通教養」というものを意識的に付けさせる必要があるのではないのだろうか。
それは、歴史学、行政学、法学(情報公開や著作権など)、それにプラスして図書館学とアーカイブズ学というのが私のイメージだが、もちろん他にも色々な素養が必要になると思う。レファレンス能力なども考えれば、専門としての図書館学やアーカイブズ学にプラスして、様々な学問を薄く広く行っておく必要はあるように思える。
ひょっとするともうこのようなことは行われているのかもしれない。でも、今後どのような「司書」「アーキビスト」を育てるのかという点については、あまり明確に「これ」という像が見えていない気もするのだ。私が見つけていないだけであるならば、ただの私の不勉強で済む話なのだけど・・・。
何だか、妙に図書館学に突っかかるような書き方になってしまった(反省)。
別にこの本がそれだけを取り上げているわけではないのだ。色々と示唆に富む内容なので、興味がある人は是非お手にとってもらいたいと思う。
(せっかくなので目次を貼っておきます。藤原書店HPより転載)
目次
〈鼎談〉図書館・アーカイブズとは何か――書物への愛と知の継承
粕谷一希(評論家)+菊池光興(国立公文書館館長)+長尾 真(国立国会図書館館長)
(司会)春山明哲・髙山正也
■図書館・アーカイブズとは何か
日本における文書の保存と管理――現状のアーカイブズと図書館で、未来が拓けるか 髙山正也
日本の知識情報管理はなぜ貧困か――図書館・文書館の意義 根本 彰
アーカイブズの原理と哲学――日本の公文書館をめぐり 大濱徹也
個人文書の収集・保存・公開について 伊藤 隆
アジアにおける史料の共有――アジア歴史資料センターの七年 石井米雄
データベースの思想 山﨑久道
デジタル世界における図書館とアーカイブズ 杉本重雄
〈コラム〉電子アーカイブズの危機 山下貞麿
未来に生かす放送アーカイブ――記録と記憶を残す 扇谷勉
■「知の装置」の現在――法と政策
地方自治体の経営と図書館 南 学
公共図書館の経営――知識世界の公共性を試す 柳与志夫
文字・活字文化と図書館 肥田美代子
日本の図書館にかかわる法制度の構造と課題 山本順一
立法調査機関・議院法制局の改革と国会図書館 小林 正
機関リポジトリの現在 竹内比呂也
インターネット社会とレファレンス・サービスの将来 田村俊作
ARGの十年――図書館・アーカイブズとの関わりのなかで 岡本 真
■歴史の中の書物と資料と人物と
ライブラリアンシップとはなにか――図書館史に見る国民意識と文化変容についての覚書 春山明哲
明治・大正期の「帝国図書館」素描 高梨 章
日米関係史の中の図書館――アメリカにおける日本語図書館の形成史から 和田敦彦
印刷文化と図書館 樺山紘一
「全体知」への夢――フランス『百科全書』とその周辺 鷲見洋一
〈コラム〉図書館学先駆者ガブリエル・ノーデの時代と思想 藤野幸雄
■図書館・アーカイブズの現場から
◎アーカイブズ
外務省外交史料館 柳下宙子
沖縄県公文書館――民主主義の礎石 仲本和彦
京都府立総合資料館――近代行政文書研究のセンターとして 福島幸宏
栃木県芳賀町総合情報館 富田健司
国立女性教育会館女性アーカイブセンター 江川和子
NHKアーカイブス 江藤巌二
フジテレビのアーカイブズ 小山孝一
脚本アーカイブズ 香取俊介
慶應義塾大学アート・センター――ジェネティック・アーカイヴ・エンジン――アートの視点から 前田富士男
身装(身体と装い)文化アーカイブズ 高橋晴子
京都国際マンガミュージアム――マンガを収蔵することの逆説 吉村和真
東京電力 電気の史料館 小坂 肇
渋沢栄一関係資料の二十一世紀 小出いずみ
◎都道府県立図書館
新潟県立図書館――『新潟県中越大震災文献速報』の作成 野澤篤史
大阪府立中之島図書館――ビジネス支援サービス 前田香代子
奈良県立図書情報館――公文書・古文書の保存、閲覧、データベース化 富山久代
鳥取県立図書館――模索・実験・悩み 森本良和
岡山県立図書館――デジタル岡山大百科 森山光良
◎市町村立図書館
函館市中央図書館――地方公共図書館からの情報発信に向けて 奥野進
矢祭もったいない図書館――開館の経緯 佐川粂雄
草津町立図書館 中沢孝之
神戸市立中央図書館――阪神・淡路大震災関連資料(1・17文庫) 三好正一
長崎市立図書館 小川俊彦
伊万里市民図書館――伊万里からの報告 犬塚まゆみ
◎大学図書館
東北芸術工科大学東北文化研究センター 赤坂憲雄
国際基督教大学図書館――リベラルアーツの基盤として 畠山珠美
拓殖大学図書館――旧外地関係資料 竹内正二
◎専門・小規模図書館
ギャラリー册――「KOUGEI」と書物と 奥野憲一
日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館――開発途上国学術ポータル構築に向けて 村井友子
日本原子力研究開発機構図書館 中嶋英充
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