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ベン・ヒルズ『プリンセス・マサコ』について [天皇関係雑感]

オーストラリアのジャーナリスト、ベン・ヒルズが書いた『プリンセス・マサコ』(第三書館)を読んだ。
この本は、今年3月に邦訳が講談社から出版される予定であったが、2月に外務省と宮内庁が著者に抗議を行い、講談社が出版を中止したいわくつきの本である。(参考:宮内庁の抗議文外務省報道官記者会見
結局、左翼系出版社である第三書館が引き取って、この8月に出版された。
しかし、『週刊ポスト』9月21日号によると、朝日新聞等大手新聞社は広告掲載を拒否したらしい(ちなみに、わたしはこの『週刊ポスト』の広告を見て、出版されていたことを知った)。
早速、内容がどのようなものなのかを確認してみた。

この本の主旨は、雅子妃が鬱病になっているにも関わらず、石頭の宮内官僚が適切な治療も行わず、かつ鬱病の原因となっている皇室慣例の見直しなども全く行おうとせず、あまつさえマスコミに雅子妃は仕事をサボっているだけだと情報をリークして、鬱病の症状を悪化させている。
それを糾弾するために、1冊の本が構成されているのである。
特に、鬱病に対する日本社会(宮内庁がその典型)の偏見を厳しく糾弾しているのが印象的である。

率直な感想を述べると、全体的に間違いも多く、やはり「トンデモ本」の類だと、考えざるを得なかった。
しかし、後半になってくるにつれて、おもしろいと思う部分が若干見られるようになった。

まず、間違いの多さについて。
例えば、大正天皇が詔書を丸めて遠眼鏡にしたという有名な伝説があるが、これを1913年のこととしている(79頁)。
これは本当かどうかもわからない「風説」であるが、いずれにしろ1913年の時には大正天皇は政務をきちんと執っており、あったとしてももっと後の話である。
次に、美智子皇后の年齢を天皇の3歳下と書いてあるところ(85頁)。
これは10ヶ月の誤りである。さすがに年齢を間違えるというところからすると、いったいこの人は何を調べていたのかとやや懐疑的にならざるをえない。
あとは、「宮内庁の地位は世襲制」(89頁→親子2代という人もかなりいるが、世襲ではない。)などなど。

私の知識があるところに指摘が集中したが、他の部分でも、「本当か?」という疑いを持たざるをえないところが散見される。

そして、おそらくこの本の最大の欠点というのは、筆者の「文体」である。
サービス精神なのか、えらく過激な「比喩」や、おもしろおかしくするための過激な言葉を多用する傾向がある。
例えば、
「浜尾は尊大な化石のような存在で」(30頁)
「少なくとも片方は性体験のない新郎新婦は、結婚初夜に下書きのない親しい関係を結ぶことさえできない。」(36頁)
「日本には五十六年間に四十六の内閣ができ、内閣改造も多かったため、ほとんどの大臣はトイレに行く道順を覚えないうちに任期を終えるような状態だったのである。」(49頁)・・・これについては、現状(安倍首相退陣)が当てはまってしまうのだけどね・・・

他にも、いろいろと言い回しに非常に皮肉が籠もっており、外国人の読者を相手にしているのであればひょっとすると笑って済む話なのかもしれないが、翻訳されたときに、この本が「トンデモ本」的な装いを抱かせてしまうのは確かだと思う。
講談社が当初大幅な改訳・削除を行って出版しようとしたときに、この過激な表現が軒並み削ろうとしていたことがうかがえる。(野田峯雄『「プリンセス・マサコ」の真実』第三書館→講談社がどこを削って出版しようとしていたのかの解説本。解説は微妙だが、削ろうとした箇所を見るだけでも面白い)。

こんな本なわけだが、それでもおもしろいと思った部分は、宮内庁のマスコミ規制のあり方が見える点と、ヒルズの日本マスコミへの強烈な批判が挙げられる。

この本には皇太子夫妻の写真などがカラー頁で掲載されているが、これは宮内庁から許可を得て使っているものである。
そこで、ヒルズは次のようなことを書いている。

「(写真の使用の)承認を得るために、二通の手紙に署名しなくてはならない。一通は日本語、一通は英語で書かれている。 そのなかでわたしは、この本に下品なことは一切書かず、何人も中傷することはありませんと厳かに誓っている。ありがたいことに、どちらの言葉も明確に定義されてはいない。」(208頁)

そういうことを求めるんだなあと、これはびっくりした。ちなみに、外務省(豪州大使)の抗議文には、この部分の約束に違反しているということが抗議理由として挙げられている。(ヒルズの「定義されてないから問題ない」という姿勢も問題ある考え方だと思うけど。)

また、ヒルズは、日本の記者達が記者クラブに囲い込まれており、本当のことを書こうとしない。だから、外国の記者の方が自由に「不敬な」事実を書くことができると主張する。(210頁)
例えば、雅子妃が鬱病であると最初に報道したのは、イギリスの『タイムズ』であったことなどを挙げる(294頁)。

これはすぐにそうとは言い切れない部分があるけれども、ヒルズが引用している「皇室報道には「百二十パーセントの正確さ」が要求される」とある日本人記者が語った(205頁)という話とつなげて考えると、こう考えることができるのではないか。
つまり、日本人の場合、確実に証拠が挙がっていないかぎり、宮内庁に不利なことは書けない(たとえば、以前報道された高円宮承子女王の英国放蕩記の類は、ブログという証拠があったから書けた。)。
しかし、外国人の場合、それが100%の証拠はないとしても、ある程度裏がとれれば限定付きで書いてしまうことができるのではないだろうか。

そう考えると、この本そのものがどのような背景で書かれたのかも読み取れる。
つまり、ヒルズはこの本の情報が100%裏が取れていると、そもそも思っていない。 だが、ある程度の情報に確証があると判断したものについては、「自分の責任」でそれを文章にしてしまって構わない。
こういう考えの持ち主なのではないだろうか。
これがジャーナリズム文化の差なのかはよくわからないが、このあたりはおもしろい現象だなあと思う。

結局、内容的には、週刊誌のうわさ話の寄せ集め的なもので、それほど評価はできないと思う。
しかし、なんで宮内庁と外務省はわざわざ抗議などしたのだろうか。
こういう本なら、ほっとけばよいのだ。相手にすればするほど、「自分に都合の悪いことを書いてあるからだろう」と腹を探られるだけだろうに。

プリンセス・マサコ―完訳 菊の玉座の囚われ人

プリンセス・マサコ―完訳 菊の玉座の囚われ人

  • 作者: ベン・ヒルズ
  • 出版社/メーカー: 第三書館
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 単行本


「プリンセス・マサコ」の真実―“検閲”された雅子妃情報の謎

「プリンセス・マサコ」の真実―“検閲”された雅子妃情報の謎

  • 作者: 野田 峯雄
  • 出版社/メーカー: 第三書館
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 単行本


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お勧めサイト

「日本のダイアナ:神話も伝説もない雅子皇后の物語」という記事がマリクレールのロシア版にありました。
http://www.marieclaire.ru/psychology/yaponskaya-diana-istoriya-printsessyi-masako-bez-mifov-i-legend/
「悲しみのプリンセス・菊の玉座の囚人」と同情されてきた雅子妃だが、それは本当か?…という記事です。
google翻訳などで訳して読んでみてください。
by お勧めサイト (2019-07-05 09:31) 

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