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「核密約文書、外務省幹部が破棄指示」について [2009年公文書管理法問題]

昨日の朝日新聞のスクープ記事。引用します。

核密約文書、外務省幹部が破棄指示 元政府高官ら証言
2009年7月10日3時8分 朝日新聞

 日米両国が、60年の日米安保条約改定時に、核兵器を搭載した米艦船の日本への寄港や領海通過を日本が容認することを秘密裏に合意した「核密約」をめぐり、01年ごろ、当時の外務省幹部が外務省内に保存されていた関連文書をすべて破棄するよう指示していたことが分かった。複数の元政府高官や元外務省幹部が匿名を条件に証言した。

 01年4月に情報公開法が施行されるのを前に省内の文書保管のあり方を見直した際、「存在しないはずの文書」が将来発覚する事態を恐れたと見られる。

 核密約については、すでに米側で公開された公文書などで存在が確認されている。日本政府は一貫して否定してきたが、80年代後半に外務事務次官を務めた村田良平氏が先月、朝日新聞に対して「前任者から事務用紙1枚による引き継ぎを受け、当時の外相に説明した」と話した。

 今回証言した元政府高官は密約の存在を認めた上で、破棄の対象とされた文書には、次官向けの引き継ぎ用の資料も含まれていたと語った。外相への説明の慣行は、01年に田中真紀子衆院議員が外相に就任したのを機に行われなくなったと見られるという。

 元政府高官は、文書が破棄された判断について「遠い昔の文書であり、表向きないと言ってきたものを後生大事に持っている意味がどこにあるのか」と説明した。別の元政府関係者は「関連文書が保管されていたのは北米局と条約局(現国際法局)と見られるが、情報公開法の施行直前にすべて処分されたと聞いている」と述べた。ライシャワー元駐日大使が81年に密約の存在を証言した際の日本政府の対応要領など、日本側にしかない歴史的文書も破棄された可能性が高いという。ただ、両氏とも焼却や裁断などの現場は確認しておらず、元政府関係者は「極秘に保管されている可能性は残っていると思う」とも指摘する。

ある外務事務次官経験者は、密約の有無については確認を避けたが「いずれにしても今は密約を記した文書はどこにも残っていない。ないものは出せないということだ」と話す。密約の公開を訴える民主党が政権に就いても、関連文書を見つけられないとの言い分と見られる。

     ◇

■核持ち込みをめぐる日米間の密約
 60年の日米安保条約改定時に、日本国内へ核兵器、中・長距離ミサイルを持ち込む場合などには、日米間の事前の協議が必要と定められた。しかし、核兵器を積んだ米艦船の寄港、航空機の領空の一時通過などの場合は、秘密合意によって事前協議が不要とされた。00年に見つかった米国務省の文書や、米国関係者の証言などで、秘密合意があったことが裏付けられている。
(引用終)

これが事実だとしたら、とんでもない話である。
ただ、この問題が揉めているときから、おそらく情報公開法前に処分した可能性が高いと思っていたので、予想が当たったという感じだ。

このようなことが行われた原因は、公文書管理法が情報公開法と一緒に作られなかったことに起因する。
情報公開法を機能させるためには、文書がきちんと作成され、保存されていることが絶対条件である。存在しない文書に対しては公開申請はできないからだ。

だが、公文書管理法ができなかったがゆえに、文書の保存はないがしろにされた。
そして、各省庁では、情報公開法施行の2001年4月の直前に大量に文書を廃棄していた。
情報公開クリアリングハウスが調査した結果によれば、ほとんどの省庁で、1999年度と2000年度の文書廃棄量を比較すると倍以上(農水省に至っては20倍)数値が跳ね上がっていることがわかる。

また、情報公開法には、廃棄した場合には「廃棄簿」に何を捨てたかを記載しなければならない。
さらに、2001年4月に所有している文書については行政文書ファイル管理簿に登載しなければならなかった。
そこで、「証拠隠滅」を図ったということなのだろう。

だが、もし外交機密に属するのであれば、所有していたとしても「不開示」や「存否拒否」といった形で、閲覧を拒否することはできたはずで、そもそも「捨てる」という必要性はなかったはずである。
それなのに「捨てた」ということは、朝日の記事の中にあるように、「遠い昔の文書であり、表向きないと言ってきたものを後生大事に持っている意味がどこにあるのか」という理由なのだろう。(また、田中真紀子氏が信用できなかったということも原因としてあるのかもしれない。)

だが、この廃棄理由は「論外」である。
この理由が成り立つには、「密約文書は外務省の私有物である」という概念と、残っていた場合に責任を追及されるかもしれないという「省益>国益」という概念が無いとあり得ない論理である。

私は以前にも書いているように、「密約」そのものはあって仕方のないものだと思っている。外交は非常にデリケートなものであり、首脳同士で取引をする必要もあるだろう。
だが、その記録は一部始終全て残しておき、その判断については、ある一定の期限が来たら公開し、歴史的な評価を仰がなければならない。
日本が民主主義国家である以上、政治にたずさわる者は国民に対して(現在の国民にだけでなく、将来の国民に対しても)説明責任を負っているのだ。

また、こういった文書を破棄することは、結局「国益に反する」。
例えば朝日の記事にあるライシャワー発言についての対応文書も無くしているということは、ライシャワーが言っていることが「本当かウソか」ということを日本側の資料では証明できないことを意味している。

アメリカの国立公文書館があれだけ資料をオープンにしているのは、米国国民への説明責任だけではない。
ああやってオープンにすることで、「アメリカの資料を使った研究」を世界各地で行わせ、自分たちの歴史観に世界各国を引きずり込むという戦略でもあるということは、もっと考えなければならない。
資料批判をいくら行っても、それはあくまでも「アメリカから見た日本」なのだ。それを利用した日米関係研究はそのゆがみからは決して自由にはなれないのだ。

それなのに、「いらなくなったから捨てる」という考え方は論外である。
こういうことを見るにつけ、「やはり廃棄判断を各省庁に委ねては絶対にダメだ」と改めて強く認識せざるをえない。

今回、やっと公文書管理法は成立した。こういったことは二度と起きてほしくない。
これを教訓にして、政治家や官僚の人達には肝に銘じてほしいと思う。
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