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特定秘密が会計検査院の検査に提出されない可能性について [2015年公文書管理問題]

ずいぶんと時間が空いてしまいましたが、この問題は自分なりにきちんと考えたいと思ったので取り上げてみます。
毎日新聞の2015年12月8日のスクープ。

特定秘密保護法 会計検査院「憲法上、問題」指摘
毎日新聞 2015年12月8日 08時30分
http://mainichi.jp/articles/20151208/k00/00m/040/176000c

「すべてを検査とする憲法の規定上、問題」

 特定秘密保護法案の閣議決定を控えた2013年9月、法が成立すれば秘密指定書類が会計検査に提出されない恐れがあるとして、会計検査院が「すべてを検査するとしている憲法の規定上、問題」と内閣官房に指摘していたことが分かった。検査院は条文修正を求めたが、受け入れられないまま特定秘密保護法は成立。内閣官房は修正しない代わりに、施行後も従来通り会計検査に応じるよう各省庁に通達すると約束したが、法成立後2年たっても通達を出していない。【青島顕】

 毎日新聞が情報公開請求で内閣官房や検査院から入手した法案検討過程の文書で判明した。10日で施行1年を迎える特定秘密保護法の10条1項は、秘密を指定した行政機関が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがある」と判断すれば、国会などから求められても秘密の提示を拒むことができるとしている。

 開示された文書によると13年9月、同法の政府原案の提示を受けた検査院は、「安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」がある場合、特定秘密を含む文書の提供を検査対象の省庁から受けられない事態がありうるとして、内閣官房に配慮を求めた。憲法90条は、国の収入支出の決算をすべて毎年、検査院が検査すると定めているためだ。

 ところが、内閣官房は「検査院と行政機関で調整すれば(文書の)提供を受けることは可能」などと修正に応じなかった。検査院側も譲らず、同年10月上旬まで少なくともさらに2回、憲法上問題だと法案の修正を文書で繰り返し求めた。

 結局、検査院と内閣官房の幹部同士の話し合いを経て同年10月10日、条文の修正をしない代わりに「秘密事項について検査上の必要があるとして提供を求められた場合、提供する取り扱いに変更を加えない」とする文書を内閣官房が各省庁に通達することで合意した。約2週間後の10月25日に法案は閣議決定され、国会に提出されて同年12月に成立した。

 それから2年たつが7日までに通達は出ていない。会計検査院法規課は取材に「今のところ、特定秘密を含む文書が検査対象になったという報告は受けていない」とした上で「我々は憲法に基づいてやっており、情報が確実に取れることが重要。内閣官房には通達を出してもらわないといけない。(条文の修正を求めるかどうかは)運用状況を見てのことになる」と話した。

 内閣官房内閣情報調査室は取材に「憲法上の問題があるとは認識していない。会計検査において特段の問題が生じているとは承知していない」と答えた。通達については「適切な時期に出すことを考えている」としている。

〔中略〕

情報隠し 危険はらむ

 会計検査院にとって、大日本帝国憲法下では軍事関係予算の検査に限界があった。政府・軍の機密費が会計検査の対象外だったため、膨れ上がった軍関係予算の多くがブラックボックスに入った。「会計検査院百年史」は、軍事上の秘密漏えいを処罰する軍機保護法(1937年改正)によって「会計検査はかなり制約を受けた」と記す。

 現行憲法90条はこうした反省から「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院が検査する」と規定する。検査院は内閣から独立している。これまでも自衛隊法の規定する防衛秘密について検査院への提供を制限する規定はなかった。

 特定秘密には防衛や外交などの予算措置に関する文書が含まれる。

 秘密保護法10条1項について、元会計検査院局長の有川博・日本大教授(公共政策)は「検査を受ける側が(提出文書を)選別できるなら、憲法90条に抵触すると言わざるを得ない」と指摘する。

 国の重要な秘密の漏えいや不正な取得に重罰を科す秘密保護法は、運用次第で深刻な情報隠しにつながりかねない危険をはらむ。疑念を解消する努力が政府に求められる。【青島顕】
(引用終)

『毎日新聞』社会部の情報公開制度を利用した調査報道は群を抜いている。
先日の内閣法制局が集団的自衛権を認める閣議決定に関する文書を持っていなかった件も『毎日新聞』のスクープであった。

さて、内容について分析したい。
会計検査院は憲法90条に基づいて置かれる機関である。

憲法90条1項を見てみると

国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。

とある。
キーワードは「すべて」「毎年」「次の年度」「国会に提出」である。

予算は必ず「毎年」締めて、会計検査を受けなければならない(「すべて」であり例外は無い)。
そして内閣はそれを翌年度内に国会に報告する義務を負っている。

「すべて」とある以上、特定秘密に指定されている予算もその対象となる。
当然だが、その検査を行うためには特定秘密を見る必要も出てくる可能性が高い。
それが行えなくなる可能性があるということが、この記事の指摘した点である。

これは非常に大きな問題である。
ただ、この問題を理解するためには、戦前からの会計検査院の歴史について考える必要がある。
会計検査院が作成した『会計検査院百年史』(1980年)を参考にすると、以下の通りである。


戦前の会計検査院は、天皇の下に置かれていたため、帝国議会との関係が無かった。
また、軍などの検査に、大きな制約を科されていた。

帝国憲法に基づいて会計検査院法が制定されたのは1889年であるが、この23条には、「機密費」は「検査ヲ行フ限リニ在ラス」とされており、軍だけでなく、外務省なども含めた「機密費」について、会計検査院は一切手を出せなかった。
また、翌年に「陸海軍出師準備ニ属スル物品検査ノ件」が法制化され、軍の「出師」(出兵)の準備のための物品費用については、検査を受けなくても良くなった。
そして「出師準備品」に何を指定するかは陸海軍に任された。

陸軍は当初から、さまざまな物品を「出師準備品」として会計検査を受けないようにし(海軍は1941年から拡大)、会計検査院の検査から逃れようとした。
会計検査院は何度も抗議をしたようだが、全く相手にされなかったらしい。

また、1899年には軍機保護法が制定され、軍の機密に関わる文書を入手しづらくなり、会計検査がさらにやりづらくなった。
特に1937年の大改正の後には、たとえ検査のために軍事機密を見せてもらえたとしても、その報告をする際に情報を利用することができず、会社名はA社とかいった形で、ぼかして報告せざるをえなかった。

さらに、日清戦争の際に「臨時軍事費特別会計」が置かれることになった。
これは、作戦行動に必要な経費を、細目を付けずにざっくりと陸海軍に渡し、戦争が終わって会計を閉じるときに検査を受けさせるという仕組みである。
予算が足りないときには追加予算を申請するが、その細目も議会で説明する必要が無い。

この会計は軍に重宝された。この「特別会計」は、戦争が終わるまでを一つの年度と考え、途中に検査が行われない。
また、検査には制約もあったので、軍はかなり自由にこの予算を使っていた。

この「臨時軍事費特別会計」は、のちに日露戦争、第一次世界大戦、アジア・太平洋戦争において設置された。

第一次世界大戦の臨時軍事費は、シベリア出兵にまで流用された。
のちに田中義一陸軍大将が持参金300万を持って立憲政友会総裁になった際の資金の出所として、この臨時軍事費の流用が疑われたこともある(陸軍機密費事件)。

アジア・太平洋戦争時の臨時軍事費は、元々「支那事変」対象のものだったが、陸海軍が対英米戦の準備に大量に流用し、そのまま「大東亜戦争」対象へと繋がっていった。
また、選挙対策などにも流用されたとされており、検査が戦争終結まで来ないことをいいことに、目的外利用が繁雑に行われていた。

この「臨時軍事費特別会計」は、敗戦後の1946年に停止になるが、会計検査院の検査の結果、全体で約1554億円の支出のうち、陸軍は約64億、海軍は約62億が「戦災などによる証明書類消失」のため、「検査したことにする」として処理された(当時の物価は今よりかなり安いので、相当な額だと思われる)。
もちろん、本当に消失したものもあっただろうが、使途不明金などがまとめて処理されたということだろう。

ちなみに会計検査院によれば、1945年の国家予算は7割近くが臨時軍事費で占めていたとのことであり、その金額の大きさがうかがえる。

戦後の会計検査院は、この反省を活かして作られた。
軍が「暴走」できたのは、当然「予算」の裏付けがあったからこそである。
臨時軍事費は打ち出の小槌のように予算を吐き出すシステムだったのだ(歳入のほとんどは公債)。
だからこそ、きちんとチェックをする体制を作らなければならなかったのだ。

そこで、臨時軍事費特別会計のような複数年度にわたって検査を受けない予算は作れなくした。
国家機密であろうとも、それを検査できるようにした。防衛省や自衛隊の予算でも例外は無い。

ここまでを踏まえると、今回の記事の何が論点になっているかがわかるだろう。
つまり、特定秘密に関する予算がきちんと検査できなくなれば、戦前の軍機保護法の下での検査に類似する状況になるという恐れである。

特定秘密に関わる予算であろうと、憲法90条を考えれば会計検査の対象となる。
適切な使用法かを判断するには特定秘密を見なければならない可能性もある。
報告書にはぼかして書かざるをえないかもしれないが、少なくともチェックする会計検査院側の仕事に制限がつくようなことがあってはならない。

少なくとも法律を作る際に、会計検査院と「秘密事項について検査上の必要があるとして提供を求められた場合、提供する取り扱いに変更を加えない」とする文書を出すと決めたのであれば、それは速やかに実行されるべきであろう。


追記、というより、むしろこっちも重要。

なお、この問題を考える際に、もう一つ考えなければならないのは、「内閣官房機密費」(報償費)の問題である。
本来この機密費は会計検査院の検査対象であるが、どうも「別のやり方」でスルーしているらしい。

この件は情報公開クリアリングハウスの三木由希子さんが、この報道を受けてのブログで書かれているが、どうやら「原則として国の機関は会計検査院には支出証拠の原本を提出することになっているが、内閣官房機密費、外務省機密費、警察庁機密費などは例外的に別の方法で支出の証明をすればよいことになっている」とのことである。

おそらく、特定秘密に関する予算については、この機密費と同様の検査で済ませたいというのが、内閣官房の方にはあるのではないだろうか。
だから、会計検査院との約束を無かったことにしようとしているのではないか。

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