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【連載】公文書管理法成立後の課題―第8回(最終回) 歴史学的素養と行政法的素養 [【連載】公文書管理法成立後の課題]

公文書等に関する法律(公文書管理法)が成立、公布されました。
そこで、全8回にわたって、成立後の課題について書いてみたいと思います。

第1回 政令事項
第2回 公文書管理法の実効性
第3回 国会の公文書
第4回 国立公文書館等の規則の共通化(上)
第5回 国立公文書館等の規則の共通化(下)
第6回 国立大学法人の文書移管
第7回 地方公文書館設立運動の推進
第8回 歴史学的素養と行政法的素養←今回(最終回)

第8回 歴史学的素養と行政法的素養

公文書管理法が施行されて最も必要となるのは、文書管理を専門的に行うことのできる人材である。
現役文書の管理を担当するレコードマネージャーについては、私はあまりよくわからないのでそちらについては今回は論じない。
私は歴史研究者なので、今回はアーキビストの育成についての話を書いてみたい。ただ、私はアーカイブズ学の知識は素人レベルなので、そこは多少は差し引いて読んでいただきたい。


別に根拠となるデータがあるわけではないが、現在、公文書館で働いている方は「行政職(公務員)」「図書館情報学」「歴史学(日本近世史・明治史)」という3つからの出身者が圧倒的に多いのではないか。
つまり、実際に公務員として働いていて公文書館勤務になった人、情報学で整理やシステムなどを学んで入ってきた人、歴史学で資料を使うところから入っていった人、ということである。

もちろん、色々な分野からアーカイブズに入ってくることは良いことなのだが、やや気になる点はいくつかある。

まず一つめは「歴史学的素養」についてである。
やや抽象的な話ではあるのだが、どの資料を残すかという判断基準は、50年100年といった先まで考えなければならない。
以前、官僚にとって重要な文書と歴史研究者にとって重要な文書は異なるという話を書いたことがあるが、現在のことにしか関心がない人と過去に関心がある人とでは選別の基準がずれてくる。

そのため、是非とも歴史学的素養はきちんと育てておかなければならないと思う。
特に、図書館情報学といったシステム系の方達への歴史教育は必要不可欠である。システム設計の際に、歴史的に重要な文書が作られ、残されるようになっていなければ、結局「整理だけうまくいきました」みたいな話になりかねない。
もし、今後アーカイブズ研究科のようなものが図書館情報学科に併設されるような所が出てくるのであれば、是非ともこのあたりには配慮が必要だと思われる。

だが、この歴史学的素養が史学科で育てられているのかというと、そこではまたもう一つの別の問題が現れてくる。
それは「現代史教育」の問題である。

残念ながら大学の史学科(特に日本史)における研究(教育)対象となる時代は、一番現在に近くて昭和戦前期というところがほとんどである。
ちなみに、アーカイブズ学の大学院を作った学習院大学文学部史学科は、もっとも近代の日本史の教員は明治維新史が専門であり、それ以後を教えられる常勤の教員は存在しない。(助手に明治後期あたりを専門にされている方はおられる。)
学習院だけを責めているように見えてしまって申し訳ないが、アーカイブズに関心のある学習院ですらこのような現状であるということで例に挙げさせていただいた。

だが、実は近世史や明治初期あたりの歴史学と、その後の歴史学では、扱う資料が質量共に大きく変わってくるのだ。
近世や明治初期あたりならば、資料は間違いなく「紙」であり、資料の種類もある程度類型可能である。(だからこそ、近世史で資料整理論が最も進んだのではと思われる。)

しかしその後になってくると、メディアの多様化が始まるため、多種多様な新聞や雑誌が現れ、ラジオや映画といった音声や映像といった資料が現れてくる。
現在では、テレビそしてインターネットといったものもある。文書も手書きからタイプライター、そしてワープロやパソコンといった電子文書へと変わっていく。
また、生活綴方などが盛んになると、個人が書いた作文とか日記とかが現れるようになるし、社会主義などの影響から労組のビラやポスターといった類のさまざまな資料が現れる。
いったい、どこまでを「資料」として見て良いのかわからないというのが「現代史」の特徴でもある。そこに困難もあるし面白さもあるのだが。

こうなると、ただ明治あたりまでの歴史学を学んでいれば、アーカイブズに必要な歴史学的な素養が身に付くかと言われると、そうではないと言えると思う。

これからの公文書館に移管されてくる文書のほとんどは、戦後史にあたる部分の資料であろう。
その意味では、アーキビストを育てようとするのであれば、現代史教育をしっかりと史学科でも行う必要があるのではないだろうか

なお、別に近世の文書を扱う文書館に勤めるから、そんな教育はいらないよと思う人もいるかもしれない。
でも、そういった文書館でも、展示を行うときは、現代的な関心からテーマを組み立てるといったことを行うはずである。
そうしなければ、現在に生きる我々に関心のある展示などを行うことは不可能であろう。

是非とも、アーキビスト養成を視野に入れている史学科において現代史教育の重要性を再認識してほしいと願っている。


もう一点気になるのは「行政法的素養」である。
歴史学ではもちろんなのだが、図書館情報学やアーカイブズ学でも、「行政法」をきちんと教えているのだろうか?

日本は「法治国家」である。
もちろん、みなさん学校で習ったはずである。
でも言葉は知っているが実態としてよくわからないというのが、この言葉ではないだろうか。

行政というのはこの「法」に全て基づいて動いている。
公務員は「国家公務員法」や「地方公務員法」などで身分が決まっており、組織の定員から給与体系まで法律によって決まっている。
そして彼らの仕事もすべて「法」に則って動いている。

公文書館も普通は公立であるから、この「法」(条例)に則って動いている。
つまり、資料を公開するか否かといったことも、またこの「法」で決まっているということである。

ということは、公文書館に勤務するアーキビストも、当然この「法」の下で働くことになるのである。
だが、今、公文書館に勤務されている方も、正直どこまで「行政法」を理解しているのかという点については、やや疑いを持たざるをえない。

特に行政法の中で重要なものは、「個人情報保護法」である。
この「個人情報保護法」ができてから、各地の公文書館で非公開文書がものすごい勢いで増えたと言われている。

ただ、例えば行政機関で保有する情報についての個人情報保護法は、死んだ人には適用されない。(第2条第2項)
また、個人の情報だとしても「当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」という限定が付けられていて、のべつまくなく個人が関係するから不開示というものではない。

だが実際には、本来ならば隠さなくて良い資料まで「個人情報」として隠されている。これは明らかに行政法の知識が不足しているからである。
それは、公文書館側もそうだし、利用者側も同様である。

でも、こういった判断を覆すのはなかなかに骨が折れることは確かだ。
私が情報公開に長年関わってわかったことに、「行政判断を崩すには行政法の知識で戦わないと勝てない」ということがあった。つまり、「解釈論」(相手の解釈が間違っている)で争うということである。
また、もし解釈で争いようがない場合は、法改正を訴えるかという話になっていく。

でも、日本が法治国家である以上、こういった法律のレベルで議論ができないといけないのだ。
第5回で「もっと公文書館は個人情報であっても、「公益性」を重視して公開すべきだ」といったことを書いたが、それをするためにも「行政法」の知識は不可欠である。
開示を要求する方も、不開示を判断する方も、双方が行政法の知識をしっかりと持ち、感情論での「出す出さない」ではなく、法的にこれは出すべきかどうかといった争いをするべきである。そうすることで、基準の「客観性」は保たれるのである。

だからこそ、公文書館に勤務する人もそれを利用する人も、行政法の知識はきちんと学ばなければならないと思う。
例として個人情報保護法を出してしまったが、もちろん情報公開法や公文書管理法も「行政法」である。
是非とも、アーカイブズに携わる学問領域における「行政法教育」ということは、強く意識されてよいことだと思う。

ちなみに、なぜ「素養」という言葉を使ったのかについてだが、「知識」だけではなく、歴史的、行政法的な「感覚」が必要という意味で使ったのである。
他に良い言葉があれば置き換えるかもしれません。

なお余談だが、歴史学では個人情報を扱う機会が非常に多い。個人の家に所蔵されている資料を扱うことも多いだろう。その際に個人情報保護法の知識があるかどうかは、その資料の開示を促す際に必ず有効だと思う。是非とも勉強していただけたらと思う。

以上で全8回にわたる連載は終了です。

今回の法律に関連して言いたいことは、ほとんど言い切ったような気がします。
暴論の類もたくさんありましたが、そこは「一つの意見」として受け取っていただければと思います。

このようなまとまった長期連載はしばらくやらないと思います。思いついたことや見聞きしたことがあれば、取り上げていきたいとは思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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