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公文書管理法審議第1回(衆院内閣委) [2009年公文書管理法問題]

本日5月27日、衆議院内閣委員会で公文書管理法案が審議入りした。
そこで、衆議院TVにて審議を全て見た。
4時間も国会中継を見続けたのは初めてだ・・・

今日の内閣委で質問に立ったのは、西村智奈美議員(民主)、逢坂誠二議員(民主)、吉井英勝議員(共産)、重野安正議員(社民)、上川陽子議員(自民)の5名。上川議員を除く4名は、先日の公文書市民ネットの第2回フォーラムに参加してくださった人である。質問も市民ネットの主張をかなり取り入れたものをしてくださったように思う。

さて、審議の全てを紹介するのは無理なので、気になったところだけピックアップします。

・第1条の「目的」に関わる問題
多くの議員が、有識者会議の最終報告では入っていた「国民の共有財産」という文言が法案に入らなかったことについて発言をしていた。
これをなぜ入れなければという点については、逢坂議員の主張がわかりやすい。

現在の第1条の文言は、「国民への説明責任」という点が前面に出ている。だが、公文書とは「国民の側が主体的に利活用できる」という点も重要である。つまり、国民の側に「知る権利」があるという主張でもある。
これに対する政府答弁は、「財産」という言葉は金銭的な権利のあるものに使われるため、そこに分割請求権が云々というもので、まあ要するに内閣法制局がその用語はダメだと言っているようだ。
ただ、他の言葉を使えばよいという意見にも難色を示し続けていたので、「知る権利」に関わるような文言は入れたくないということなんだろう。


・第2条行政文書の「定義」について
これも第1条と並んでもっとも問題になったテーマ。
色々な議員があの手この手でこの定義をどう拡大させるかという点についての質疑を行った。

この中で一番興味深かったのは、西村議員と増原義剛内閣府副大臣(自民)とのやりとり。
増原副大臣は大蔵官僚を26年間やった筋金入りの官僚である。

西村議員が行政文書の定義を広げるべきだと主張したのに対し、増原副大臣は定義が難しいという話の例として大蔵時代の話を混ぜた。

大蔵省の課長時代に、予算を作成するときに下から文書が上がってきて、それに赤を入れ、さらに上に回して赤を入れてもらった。これもどこまでが行政文書か判断がつかないと。

いやいやいや。
それを「意思形成過程」って言うんじゃないんかい!

そういうのを全部残してくれって言うのが、「意思形成過程を残せ」という意味だよ!

その次に、西村議員が2人以上で回覧した文書は個人的なメモもすべて行政文書とすべきと聞いたところ、増原副大臣は「外交や各省折衝、議員からの調査依頼とか色々と個人でメモは作るのでどこまで行政文書だか。意思形成に関わるならメモも行政文書に入ると思うが」といった答弁を返した。
これは西村議員が「それは全て行政文書だと思います」と答えたとおり。
それを「私文書」と今まで称しているから、全く意思形成過程がわからないということが問題となってるんだと。

この増原副大臣の答弁を見ていると、いわゆる官僚が考えている「意思形成過程」というものが、「最終決定がされた時の文書」という意識しかないということがつくづくわかる。
このような認識で「意思形成過程」と称するものが残されたら、結局この法律は意味をなさなくなる。
増原副大臣が自分の経験を披瀝しながら話をしてくれたことで、かえって官僚の考え方の問題性を浮き彫りにさせてくれたと思う。その意味では「良い」返答だったように思う。


・第4条「作成義務」、第5条「保存」について
逢坂議員や吉井議員が、具体的に行政文書が「メモ」と称して作られなかった(作っても「私文書」として廃棄された)事例を紹介して、このようなことが断じてあってはならないと集中的に追及していた。
これに対し、内閣府の山崎日出男審議官は、今後は統一的な管理ルールが政令で作成され(第10条)、それに従って各省庁の文書管理規則ができるためそういうことは起きないと答弁をしていた。
また最も強調されていたのが、第5条第5項で「レコードスケジュール」がきちんと各文書ごとに決められるから大丈夫だという点だ。

この「政令に縛られる各省庁」という答弁は、他の所でも何度も繰り返されていたのが印象的だった。つまり、内閣府で作る政令に基づいて行われるわけだから、作成や廃棄も各省庁が恣意的にできるものではないと言うのだ。
これに対し、政令の具体的な内容についていくら質問しても、官僚側はまともに答えなかったので、内閣府が官僚寄りの政令を作ったらそれでお終いになるという印象しか持てなかった。

また、レコードスケジュールについてであるが、正直いまの内閣府や国立公文書館の体制で果たしてどこまで有効なものを作ることができるのか極めて疑問がある。
あまりにもレコードスケジュールがあるから大丈夫という考え方は安易なように思う。

吉井議員が特に言っていたことで全く同感なのだが、要するにすぐに出せない文書はある。でも証拠としてきちんと作成しておいて、30年とか経ってきちんと公開することが重要なのだ。
見せたくないからそもそも「作らない」という考え方は、説明責任とはほど遠い。これを「作らせる」ようにするには、相当の意識改革が必要だと思う。
内閣府も官僚の一部である以上、やはりもう少し法文に作成範囲の拡大や廃棄権限に他の機関を噛ませるようなものを入れないと話にならないなという感じはした。


・公文書管理担当機関について
これについてはちょっと引っかかる点があった。
西村議員が公文書管理担当機関は司令塔たるべきもので、現在の体制では全然規模が小さすぎといった質問をしたときに、増原副大臣が、「担当機関は内閣府、国立公文書館、公文書管理委員会だけでなく、各省庁も含めて政府全体だ」みたいなことを口走っていたのだ。

これに対し、事前に用意した質問だったのかわからないが、逢坂議員が質問の冒頭に「公文書管理担当機関」の定義を山崎審議官に聞いていた。
そこで、「内閣府、国立公文書館、公文書管理委員会」までは言ったのだが、それを中核としてうんぬんみたいに、語尾がかなりあいまいな感じになっていたのだ。

答弁の食い違いや私の印象違いであればよいのだが、各省庁の文書管理課を「公文書管理担当機関」に入れてないだろうな?という疑いが出てきた。本当に大丈夫かなと、やや気にならなくはなかった。

ただ、いずれにしろ、民主党もあまり強く公文書管理庁を作れとは言わない感じだった。今回の法律の実効性の面で、これは痛い話だと思わざるをえない。結局人がいなければ、いかに良い法律を作っても機能しないというのに・・・


・第6条「中間書庫」について
最後に、上川議員(元公文書管理担当大臣)の質問で気になった点。

与党の質問だから波風立つようなことは言わないのだが、上川議員が結構しつこく集中管理システムとしての「中間書庫」の導入を強調していたのが目に付いた。
山崎審議官が「お金がかかるので、こういった腰の引けた法文(第6条)になった」と率直に語っていたのに対しても、こういったことは本来行革につながって、お金を掛けた以上の利益が返ってくると強く主張していたのは印象的であった。

与党としても、金と人がないとこの制度はまわらないということは重々わかっているようである。
でも、「あんたたち与党だろう!お金をぶんどって来いよ!」とかちょっと言いたいんだが・・・。族議員が公文書館にはいないからなあ・・・

とりあえず以上です。
色々気になる人は、審議のアーカイブが衆議院TVにあるから見てみたらどうでしょうか。
また数日したら議事録もネットで公開されるのではと思う。

議事録公開
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000217120090527012.htm

次回は29日の予定。何とか時間を見つけて、29日内でのブログ更新を目指します。
第2回→こちら

追記 6/2
市民ネットでも一緒に活動している、情報公開クリアリングハウスの三木由希子さんが、上川元大臣の講演を聞いた話をブログに書かれている。
http://johokokai.exblog.jp/11661272/
やはり上川氏は相当に中間書庫にはこだわっている様子がうかがえる。
また、三木さんも注目しておられたが、「行政文書廃棄の凍結の件」についての話は私も初耳だった。このあたりの話は是非とも基準を知りたいところだ。
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