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秋篠宮紀子妃が民間病院に入院する理由 [天皇関係雑感]

数日前、紀子妃が愛育病院に入院した。
理由は、「緊急時の医療態勢が整っている」ためであるという。

ちなみに、「天皇ご一家の出産で、皇居内の宮内庁病院以外の病院が使われるのは初めて」という言葉を見て、「おやっ」と思う人は相当の皇室マニアである。
天皇家の直系(宮家を除くということ)で「病院で」生まれたのは、現皇太子徳仁親王が初めてである。
ではそれまではどうしていたのか。
それは、宮中にあった「御静養室」という産室で産んでいたのである。
この「御静養室」というのは天皇が病気になったときに使われるところであり、要するに別棟にある「静養所」のような働きをしていた建物であった。

さて、この上記のような情報にはネタ本がある。
それは、奥野修司『皇太子誕生』である。
この本を見ると、なぜ紀子妃が民間病院に行くのかという理由も自ずからわかってくる。

この本は、宮内庁病院の産婦人科医長を勤め、美智子皇后の出産にすべて携わった目崎鑛太氏のノートを元に書かれたノンフィクションである。
文中にそのノートからの直接の引用が散りばめられており、内容の信憑性も相当に高い。

美智子妃が妊娠したのは1959年のことである。
そのころはすでに「御静養室」は物置と化しており、使い物にならなかった。
そこで、宮内庁病院で出産をすることになったのである。
しかし、目崎氏によると、その時の宮内庁病院の施設や用具は1941年からほとんど更新されていなかったらしい。
そのため、最新機器をどう揃えるかというのが重要な問題となった。
この本では、その目崎氏が、御用掛として就任した小林隆東大教授の要求に応じて、宮内庁の内局を説得して最新機器を買おうとするという苦労話に多くのページが費やされている。

宮内庁病院というのは皇居の敷地内にある国立病院である。
しかし、使える人は皇族、宮内庁・皇宮警察関係者(家族)やその推薦者だけということであり、おそらく国立病院の中でも一番患者の少ない病院だろう。
つまり、あまりにも患者が少ないために、機器が更新されないし、また買ったとしても使う機会がほとんどないのである。
これまではただ「警備上の関係」で宮内庁病院は選ばれていたにすぎないのだ。

数年前、天皇が前立腺ガンの手術のため東大病院に入院したことで、天皇の直系皇族ですらも宮内庁病院にこだわる必要性が薄れた。
しかも今回は「部分前置胎盤」という特殊な状況だったので、さらに宮内庁病院には任せられなかったのだろう。
金銭的に考えても、安全を考えても、民間のきちんとした施設に行くことの方が自然なのである。

ちなみに、この奥野修司の本の一番のおもしろさは、出産をめぐって東大と宮内庁病院と東宮職(皇太子担当の部署)の間の縄張り争いを描いた部分である。
宮内庁内部の部署のセクショナリズムの強さというのを、これほどきちんと描いた作品は珍しいと思われる。
あまり注目された本ではないように思えるが、なかなかの力作だと思う。


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